2016年10月09日

おいてけぼりの秋

役場の蛍光灯を換えていたら、ちょうどその場面に出くわした。妹と、自分の大学の同級生だった男が、連れ添って窓口にやってくる。そういえば今朝、両親と話していた。遅番だから、書類を出してから職場に向かうと。
つい凝視していたら、妹たちがこちらに気づいた。それぞれに呆れたような、困ったような顔をして、脚立に足をかけている自分を見ている。
「桜、あっし、おめでとう!」
思い切って声をかけたら、恥ずかしそうにしていた。妹に至っては、兄に向かって「馬鹿」と言う始末。周りの職員は今誕生した一組の夫婦とその兄を、微笑ましそうに眺めていた。

流が役場に勤め始めて、ひと月以上が経った。今は臨時職員だが、社会人枠で本採用試験も受けたので、うまくいけば来年には正職員になれるかもしれない。結局、親がかつて望んだコースに乗ろうとしているのかと思うと、少々悔しくはある。しかしこれが今できる最善手だった。
大学を卒業してからしばらく海外にいたが、ここ最近の世界情勢の危うさに、周囲からの多大な心配が寄せられていた。加えて実家で飼っていた犬の具合が悪くなっていたのと(八月の下旬にとうとう虹の橋を渡ってしまった)、その他諸々の事情が重なって、生まれ育った町に帰ることを決めた。犬の見送りができたことと、妹たちの門出を祝えたことで、選択は間違っていなかったと思える。
一緒に国外に出ていた和人は、実家に戻って家業を手伝っている。都合よく戻って大丈夫だろうか、と本人は案じていたが、予想以上に彼の帰還は歓迎された。両親はもとより、店で働くパート従業員らが大喜びだった。さすがは礼陣駅裏商店街のアイドルだ。現在も奥様方や後輩たちに大人気である。
お互い、しばらくは故郷で地道に暮らして、落ち着いたらもう一度海外に出ようと約束はしている。それがいつになるかは、今のところわからないのだけれど。
とにかくまずはしっかり働いて、元手を稼がなければ。何も金は、海外渡航のためだけに必要なわけではないのだ。家族や知人の祝い事も、これからどんどん増える予定だった。
そういうわけで、ずっと一緒に暮らしてきた二人は、今は別々に生活している。

役場の臨時職員は定刻に帰るようにいわれている。余計な経費をかけたくないのだそうだ。とはいえ給料は安くはないので、こちらも余計なことをしなければ余暇を楽しむだけの余裕を持てる。本日の仕事を終えた流は、そのまま帰宅はせずに駅裏商店街へ寄り道し、酒屋でビールを二缶買った。日本人の好きなキンキンに冷えたものではなく、少しぬるめのもの。季節柄を考えても、こちらのほうがいいだろう。
そうして向かったのは、商店街の東寄りに位置する水無月呉服店。和人の実家だ。まだ営業中で、店内には客がいた。表から入るのはまずいと判断し、建物の隙間から裏にまわる。
呼び鈴を鳴らすと、優しげな返事とともに足音が聞こえる。裏口、と誰もが呼んでいるこの家の玄関から出てきたのは、着物姿の婦人だった。微笑んだ顔と髪質が和人に似ている。
「あら、流君。お仕事お疲れさま」
「お疲れさまです、おばさん。和人は店ですか?」
「今ちょうど接客中なの。あがって待っててくれるかしら」
「おじゃまします。あ、手伝いとかは必要ですか」
「お仕事終わったんだから、ゆっくりしててちょうだい」
もう少しどこかで時間を潰してから来るんだった、と思う。閉店の頃に来れば、片付けの手伝いができた。学生時代に慣れた掃除なら、今でも役に立てるだろう。
流を居間に残して、和人の母は再び店に戻っていった。呪文のように淀みなく流れる言葉を忘れずに。
「菓子鉢は食器棚、飲み物は冷蔵庫。テレビ番組も好きなのをどうぞ。雑誌と新聞はテーブルの脇よ」
ようは勝手にしていいということで、どうやら大人になった今でも許されるらしかった。それでも子供の頃のように甘える気にはなれず、静かになった部屋でスマートフォンを弄る。毎日何かしらの動きがあるメッセージアプリのタイムラインは、妹が婿を迎えたことで盛り上がっていた。
そう、婿なのだ。一応はこの町の名士である野下家に、妹の夫は籍を置くことになった。それもこれも、流が家を継がないせいだった。継がないつもりで出たのに戻ってきたから、実は今、生家はあまり居心地の良い場所ではなくなっている。父からの小言も煩わしい。
だったら独り暮らしでもすればいい。頭ではわかっているのに、行動が伴わない。愛犬の死を引きずっているということもあるし、帰ってきたときに変に喜ばれてしまったからというのもある。それだけ心配されていたのだ。学生時代まで使っていた部屋も、そのままきれいに整えられていた。
居心地が悪いのは、流の心持ちのせいだ。
「あのね、流。来るなら来るで、役場を出たあたりで連絡くれないと」
出かけた溜息は、その声で引っ込んだ。いつの間に仕事が済んだのか、いやそれともわざわざ切り上げてくれたのか、着物姿の和人が居間の戸口に立っていた。
「や、お疲れ」
「お疲れ、じゃないよ。まだ仕事残ってるんだから」
「片付けなら手伝う。どうせ今日は家に帰れないし」
「帰れないんじゃなく、帰らないんでしょう。手伝ってくれるなら、ジャケット脱いで掛けてきて」
いつもと変わらない対応に、おや、と思った。もしや和人は、妹のことをまだ知らないのではないか。事情を知っていたら帰るように促すだろう。
それならそれで、と言われた通りにジャケットを掛け、すでに表を閉めた店に出る。和人の父が事務仕事をしていたので、挨拶をした。
「おじゃましてます」
「いらっしゃい。ゆっくりしていて良かったのに」
「ここに来たら動きたくなるんですよ」
本当のことだ。黙って待っているのは性に合わない。和人の指示通りに店内を掃除し、ごみをまとめて捨てに行くのが、ここでの自分の仕事だった。
一通り終わる頃に、母屋からふわりと香る味噌の匂い。
「今日の具、何だろうな」
「茸じゃない? 平木のおじいさんが持ってきてくれたから」
「あのじいさん、まだ茸採り行ってるのか」
「らしいよ。僕もびっくりしたんだけどね。さて、着替えてご飯にしよう」
着替えるのに自室へ向かった和人を、流は鴨の子のように追う。ごく自然に室内に一緒に入り、昔から少しも変わらない、しかし今は自分の部屋よりも居心地のいいそこに腰を落ち着ける。和人はかまわずに帯を解いて、着物を脱ぐ。こちらに帰ってきてから、着替えの習慣がついた。以前は洋装にエプロンだけをかけて店に出ていたから、もっと支度が楽だった。
「着物、慣れたか?」
「とっくに。そっちこそどうなの、スーツ」
「さすがに慣れた。クールビズも終わったし」
「だね。ちゃんとしなきゃ、またおじさんに叱られるだろうし」
和人の言うおじさんとは、つまり流の父で、役場では直属ではなくとも上司にあたる。誰にでも厳しい人ではあるが、息子である流には特に容赦がない。もしかするとそんなふうに感じるのは流だけかもしれないけれど。家での小言のほうが印象が強いから。
「……ちゃんとしてても、おじさんに叱られるね」
昨夜の小言を思い出しかけていたら、和人が溜息交じりに言った。気がつけば彼の手にはスマートフォンがあって、画面には見慣れたタイムラインが表示されていた。
「桜ちゃんたち、今日結婚したんだ。てことは、今夜は流の家はご馳走なんじゃないの」
「別に俺がいる必要はないだろ。桜のことなんだし」
「桜ちゃんにとっては、流は唯一のお兄さんでしょう。あっし君だって友達なんだから、お祝いした方がいいんじゃない」
「役場でおめでとうって言った」
そう、とだけ返事があった。これ以上は何を言っても無意味だと察したのかもしれない。部屋を出ようとしたので立ち上がり、また後ろについていく。
居間に行くと、すでに流を含めた分の食事が用意してあった。

ビールを片手に着信をチェックし、どう返信したものかと考えているあいだに、和人が風呂から戻ってくる。もう一缶を渡すと、ありがとう、のあとに呆れた言葉が続いた。
「迷うくらいなら帰ればいいのに」
「帰ったところでアウェーだからなあ。オオカミももういないし」
「アウェーなんじゃなく、流が寂しいんでしょう。しばらくこっちに顔出さなかったから大丈夫かなって思ってたんだけど、そうでもないんだね」
缶を開けて一口飲んでから、和人がちょっと顔を顰める。風呂上りは冷たいほうが良かったらしい。文句は言わなかったけれど、察することはできた。
「オオカミが死んでから、どこにいても身の置き場がない気がして。時間が経てばそのうち慣れるかと思ったけど、なかなかそうはいかないな。桜にはあっしがいるからもう大丈夫だろうって考えたら、いよいよ取り残されたような感じがしてさ」
「気のせいだよ。誰も君を置いていったりなんかしてない。勝手に立ち止まって置いていかれたって思うのは、桜ちゃんたちも心外だと思うけど」
「わかってるよ。……今までこんなことなかったのにな。寂しいっていうのが初めてで、どうしていいのかわからない」
ぬるいビールを飲みほして、メッセージを入力することを諦めたスマートフォンを放り出し、敷いてあった布団に寝転ぶ。今更帰ったところで情けないのは変わらないので、今日はここを動かないことにした。言い訳は明日すればいい。
そうやって逃げても、きっと胸に溜まり続ける冷たいものは、離れてくれはしない。
「流」
名前を呼ぶ声と、温まった手が、耳を撫でた。
「たぶん、だけど。今の君は、大学時代の僕に似ているんだよ」
「そっか、こういう気持ちか。どうしたらいい?」
「どうも何も、流が会いに来てくれたんだよ。そうか、僕が会いに行けばよかったね」
ごめんね、と言われそうだったので、その前に起き上がって、和人を抱きしめた。そのせいなのか、それ以上は何も言わなかった。
言わない代わりに、背中を優しく叩かれた。子供にするみたいに。いつか流が和人にそうしたように。

ああ、まだ、抜け出せそうにないな。それまで日々を過ごすしかないな。
なんとか大人のふりをして。



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posted by 外都ユウマ at 15:17| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

鬼の語りを継いでゆく

むかし、むかし。里に仲のよいととさまとかかさまが住んでいた。
かかさまの腹にはややがいて、もうすぐにでもうまれそうだった。
ととさまはかかさまとややのために、毎日山で働いていた。
ちょうど里の人々は、大きなお社を作ろうとしているところだった。ととさまはお社を建てるために使う木を、山で切っては運ぶ仕事をしていた。
ととさまはかかさまとやや、それから自分の仕事を、とても大切に思っていた。
ある日、かかさまがととさまを仕事に送りだしてから、とうとうややがうまれそうになった。かかさまは近所の人々と、それから里に住む鬼たちの手を借りて、ややをうもうとした。
ととさまが帰ってきたらびっくりするだろな、と思いながら、うんうんうなってがんばった。
ところがそのころ、ととさまは山で大けがをして動けなくなっていた。まわりにはだれもおらず、ひとりでとほうにくれていた。遠くでととさまをよぶ声が聞こえたが、返事をすることもできなかった。
おおい、ここだ。心の中で叫ぶばかりのととさまに、だれも気付かなかった。
もうだめだ。あきらめかけたととさまの前に、ぬっとでてきたものがあった。それは頭にりっぱなつのがある、この里を守る大鬼様だった。
大鬼様はととさまに、優しい声で言った。
ややがうまれた。かかさまもややも元気だ。なんにも心配はいらない。
それをきいたととさまはほっとしたけれども、かかさまとややに一目でも会いたいと願った。体はもう動かない、声も出せないととさまには、もうできないことだった。
かわいそうに思った大鬼様は、ととさまにまじないをかけた。人間だったととさまを、鬼にするまじないだった。頭につののある鬼になったととさまは、すっくと立ち上がり、大鬼様にお礼を言って、それからびゅーんと山を駆け下りた。かかさまとややが待つ家へすっとんでいった。
帰ってきたととさまを見て、かかさまはびっくりした。頭のつのはどうしたんだとたずねると、ととさまはただただにっこり笑った。
元気なかかさまと、元気なややに会えたことが、ととさまには何よりもうれしいことだった。
鬼になったととさまは、それからかかさまとややを守るようになった。山に入る仕事はもうできないけれど、かわりにとても強い力を手に入れた。
ややが大きく育つまで、鬼のととさまは、家を幸せにし続けたんだと。


礼陣の昔話には、必ずといっていいほど鬼が出てくる。鬼と呼ばれる存在と、人々が密接であることが、物語の数々からわかる。
鬼は実際に存在する。多くの人には見えないが、今でも一部の子供には見えるものだし、かつては見えたと主張する大人たちがいる。ある学者はこれを集団ヒステリーだ、伝承をもとにした幻覚だと言ったが、それだけでは説明のつかないことも頻繁に起こっている。
この土地の現象と伝承を研究し続けている頼子の周りにも、よそから見れば奇妙だが内側には「あたりまえ」のことが、ごく自然に発生していた。義妹、義弟、教え子の一部は、礼陣の持つ秘密にとても近いところにいる。
全てを暴いて広める気はないが、納得はしておきたい。それが頼子の研究目的だ。知ってどうすると言われたら、そう答える。
そうして集めることができた礼陣の昔話は、現在、息子である紅葉の子守唄になっている。

「話を間違えたり飛ばしたりしたら怒るんだよ、ちがうって。内容を暗記してるんだね。これも頼子の教育の賜物というか……」
悪く言えば毒されているか。そこまでは言わなかったが、話をせがまれる方としては、たぶんに厄介なのだろう。それでもどこか嬉しそうなのは、我が子の成長を喜ぶ方が大きいからか。
兄、恵が話すその横で、彼の子であり大助にとっての甥である紅葉は、パズルで遊んでいた。プラスチックの大きなピース同士を真剣に組み合わせて、絵を完成に近づけている。もう二歳、生まれたときに比べればずいぶん大きくなった。
「兄ちゃんと頼子さんのおかげで、頭良さそうだもんな。紅葉、お菓子食べるか?」
一歳になるかならないかの頃から、紅葉はどんどん言葉を吸収して使おうとするようになった。母である頼子が日頃から難しい単語ばかり発しているせいか、最近ではときどきこちらも意味を正しく覚えているかどうかわからないようなことを言う。
普段あまり言葉遣いがきれいではない大助も、紅葉に変な言葉を覚えられないよう、この子の前では少しだけ口調が丁寧になる。もし紅葉が乱暴なことを言えば、それは自分のせいだ。恵も頼子も穏やかな人なのだから。
「たべない。おわってない」
「終わってからじゃないと食べないのかよ」
「目の前のことをちゃんと片付けないと、気になるんだよ。頼子と同じだ」
「兄ちゃんともな」
笑っていると、何の話よー、と奥から声が聞こえてくる。先ほどから紅葉のお古を、頼子と亜子が漁っているのだった。そのあいだの子守は父親たちの仕事。今は眠っているが、大助もずっと自分の子供の大樹を抱いている。
もうじき生まれて半年、大樹は最近、あーだのうーだのと意味のない音をよく発している。本人にとっては意味があるのかもしれないが、大人にはそれがわからないので、適当に返事をしたり、こちらで勝手に意味づけをする。
「おわった。……だい、ねてる?」
パズルの絵――頼子のセンスなのか、現れたのは日本画風の猫だった――ができあがって、紅葉は満足したらしい。大助の横に来て、大樹の顔を覗き込んだ。
「大樹はまだ寝てるな」
「おきたら、むかしばなししてあげるのに」
大樹を弟分だと思っている紅葉の、最近のブーム。恵や頼子が話して聞かせ、もうすっかり覚えたという話を、大樹の傍で延々と唱える。相手が聞いていようといまいと関係なく、紅葉がそれをしたいのだ。まだおぼつかない口調で、両親の真似をしたいのだ。
「昔話か。新しい話してもらったか? おじさんに聞かせてみ」
「あたらしいの、ないよ。いっつもおんなじの。でもしてあげる」
おんなじの、という紅葉はちょっと拗ねているようだった。もっとたくさん、別の話が聞きたいのだろうが、かといって一般の幼児向けの話は、紅葉の好みじゃないという。この子が聞きたいのは、礼陣の伝承だ。頼子が収集した、この町の人間が語り継いできた話だ。――そのほとんど全てに、鬼が絡む。
「むかしむかし、さとになかのよいととさまとかかさまがすんでいた。かかさまの……」
そして伝承は、実際の出来事から派生したものが何種類かあって、微妙に違う複数の物語となっている。まとめればやはり同じ話ばかりになるだろう。
紅葉が覚えて話した、山で怪我をした男が鬼になって家に帰り、生まれたばかりの子供に会うという話。大助が知る限り、それも同じ設定でいくつも違う流れや結末がある。実際、大助が知っている話と紅葉が昔話として聞かされている話は内容が異なる。
男が大鬼様の力で鬼になる、というところは、大助が知る話では男の死が明確になっている。人間として死ななければ、鬼として復活することができない。また、男が鬼になるタイミングも違う。男は鬼になって山をおりるのではなく、魂だけ山をおりてから妻と子の姿を見て、この世に未練が残って鬼となる。
鬼が見える「鬼の子」だった大助が思うに、おそらくは自分の知っている話のほうが真実に近い。この町に住む「鬼」は、人間の未練と秘めていた力によって成るものだ。いわば強力だがほんの少し自由のきく地縛霊である。
頼子は礼陣の研究をして伝承を事細かに収集しているので、大助が知っているパターンも当然記録済みだろう。紅葉が聞かされている話は、数多いパターンの中でおそらく最もマイルドなものだ。死を省き愛を誇張した、幼い子供のための構成。あるいは、礼陣を奇異の目から避けるための。
「……いえをしあわせにしつづけたんだと。おしまい。おじさん、きいてた?」
「聞いてた。よく覚えたな。難しくないのか」
「ぜんぜん」
それでも紅葉なら、そのうちこの話一つをとっても数多くの派生があることに気がつくだろう。そこに暗い闇を見つけることになるだろう。この子は聡い。
「じゃあ、これは覚えたか? 里を治める殿様に仕えた、剣の達人の話。そいつは鬼と仲が良くてな」
「しらない! なに、おしえて」
「大助、ちゃんと整理して話してくれないと、あとで僕らがせがまれたときにできないからね。メモしないと……」
「どうせ頼子さん知ってるよ。大丈夫だって」
礼陣に関わることは鬼に関わること。紅葉も、そしてそのうち大樹も、この町の常識の中で生きていく。いつかはそれが一般の常識とは異なることに気づき、うまく折り合いをつけることになる。
頼子が伝承をマイルドにして聞かせるのは、常識の差異を曖昧にするためでもあるかもしれない。そういうことにはよく気がつく人だから。
でもいつかは、自分で。礼陣の持つ物語と、この子らも付き合うことになる。物事を読み取るのは自らで、解釈し受け入れるのも自らなのだ。



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posted by 外都ユウマ at 11:06| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

家族のこと

こちらではおひさしぶりです。お話を何かできればと思っていたのですが用意していなかったので、本日は個人的な日記です。

母と映画を観に行きました。今夏話題の『シン・ゴジラ』です。もう九月ですが。
内容や考察などはすでに公開から日が経って多くなされているのでここでは省きますが、共通して「とても面白い作品を観た」という認識が私たちの中にありました。
前情報をかなりもって臨んだはずが、やはり実際に観て自分で確かめる以上の情報ってないものですね。
今年は良い作品を映画館で観られて、とても満たされています。
『君の名は。』も妹と観に行って、想像以上の壮大さに驚いていましたし。(先にこちらを観て、もしやと思って検索かけたら、ゴジラとどこか共通したものを感じていた方いらっしゃいましたね。それもまた面白い)

映画館に行く行かないはともかくとして、映像作品を家族で観るということは、我が家ではそう珍しいことではありません。私の住む町にまだミニシアターがあった頃、そこで上映されていた作品を母に連れられて観に行ったことも何度かありました。休日に映画のDVDを借りてきて、居間でみんなで観ることもよくあることでした。
必ず家族全員が揃っていなくてはいけないというわけでもなく、それぞれが観たいものを持ち寄って流している、あるいは「これなら趣味が合うだろう」と思った作品を家族の誰かと一緒に観に行く。もちろんひとりで楽しむのもいい。面白かったら薦める(だけ薦めておいて本当に見るかどうかはまた別の話)。別々に観て感想だけ共有、ということもありました。
そうして育ったというほどではないのですが、家族と一緒に観たもの、または家族が好きで置いていたものに影響を受けてきたのはたしかです。

どちらかといえば母方寄りな私たちでした。私の本好きは確実にそちらの影響で、母方の祖父は歴史小説と検証・考察本と漫画を好み、母の書棚には小説、童話、ドキュメンタリー映画、漫画が並んでいます。そうして私や弟妹たちは、母の持ち物に親しんできました。
成長するにつれて影響が各々に色濃く出てきます。私たちは書物や映像や音楽といった趣味をそれぞれに持つようになりました。
父からの影響はなくはないと思いますが、あまり感じないのは、幼少期から成人するまで私となかなか合わなかったからだと思います。たぶん可愛い子供ではなかったので、私。(もう少し愛想良ければ違ったかもなあ。教えてもらおうとしていたら機械とか車にはもっと強くなれたかもしれない)

現在の私たちの興味の方向はばらばらで、住んでいる場所も異なっていて、それでも集まったときには何かしら一緒に楽しめるものがあります。
これを書いている私は、父を連れてもう一度『シン・ゴジラ』を観に行こうとしています。
さて、確かめてもらうことはできるのか、確かめてもらった先にどんな感想があるのか。それ次第で、年末にまた一家でテーブルを囲んだときの話題が一つ決まるかもしれません。
posted by 外都ユウマ at 12:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

文章収納しました

今月のお話をサイトギャラリーに収納しました。
全て礼陣です。

「貴方を待ちましょう」
野下家の犬オオカミの話。
待つのは慣れています。
「安居酒屋に屯する・5」
にごらず女子の飲み会。
女子会はいつかやりたいと思っていました。夏祭りに続きます。
「水無月家の怪談」
礼陣では怪談も鬼の仕業になってしまうのです。
それにしても動きすぎですが。
「神輿めぐりて」
「並んで歩く祭道」
この2本が今年の礼陣夏祭りでした。タイトルが変わってます。
一日目は神輿、二日目はデート。もう来年は書くことないかもです。

以上、少し早めにまとめました。
ストックが完全になくなったのと少し忙しくなるのとで、次のお話の再開は来月半ばすぎからを予定しています。
posted by 外都ユウマ at 19:31| Comment(0) | 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

祭りの道を並んで歩く

町を歩けば生徒にあたる。なぜか他校生までもが、自分の存在を知っていた。剣道場に通っている者ならまだしも、全く面識のないはずの者にまで覚えられている。
「日暮先生、こんちゃーっす」
「おう、お前ら宿題終わったのか」
「……もーちょっと」
昨日からこんなやりとりを、何度していることだろう。そのたびに隣を歩く雪に笑われた。
「黒哉君、大人気の先生だね」
「この町の子供たちのネットワークはすごい。さっき話した奴、たぶんあれが初対面だぞ」
「そんなもんだよ、ここは。学区を越えて遊ぶから」
夏祭りの二日目、つまり最終日なのだが、今は初日の午前ほどの人出はない。次に混むのは花火大会の時間が近づく夕方からだ。出店を覗きながら歩くにはちょうどいい。この外出は雪とのデートでもあり、教師としての町の見回りでもある。もっとも、この町の子供なら、祭りの日に危ないことはしない。気をつけるべきはよそから来た者が起こす事件に巻き込まれないかどうかだ。
「でも、よその人は町で見張ってるからね。そういう事件もめったに起きないよ。……あ」
見回りの説明をしたとき、雪はそう言ってから気まずい顔をした。よその人が見張っているはずなのに、起きてしまった事件。高校生だった黒哉がそれに巻き込まれて、現在がある。そのことを思い出したのだ。別に、気にしなくても良かったのに。
その時は、そのとおりだな、と彼女の頭を撫でて終わった。
「雪、何か食うか?」
「カラフル綿飴」
「あのでっかいやつかよ。食いきれるのか?」
「コーヒーに溶かして飲んじゃう」
「うわ、オレなら絶対無理なヤツ」
あれから事件がどうのという話はしていない。昨日だって、今だって、祭りを見に行こうと誘って出てきている。生徒と会うのは必然のこと。
「わー、可愛い。黒哉君、写メって」
「はいはい」
平和ならそれで良い。子供たちや雪が楽しそうに笑っていれば良い。それが続くことを切に願う。
「……綿飴、結構持ち歩くの大変だね」
「ほら見ろ。持ってやろうか」
「いいよ。生徒さんに笑われるよ」
「笑いきゃ笑え」
祭りの日の賑やかな町を、こんなに穏やかな気持ちで歩けるようになったのだと、黒哉は母に知らせたくなった。

毎年祭りの日は祖父の営む不動産屋の事務所にいたのだと、在は初めて莉那に告白した。人混みは苦手で、莉那に誘われた時以外は隠れていたのだと。
「恥ずかしい話だけど、僕はどうもこの町の行事を楽しめないようで。あ、莉那さんといるときは別だから、気にしなくてもいいですよ」
取り繕うように付け加えたけれど、莉那は笑わなかった。真面目な顔をして、在を正面からじっと見る。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか。私、そんなこと知らずに、毎年誘っちゃいましたよ。困った顔してたのは、照れてたんじゃなくて、本当に困ってたんですね」
「いや、それは」
「私、思い込みが激しいの自覚してます。たまたまそれがいい方向に転がったことが多いだけで、どこかでみんなに迷惑かけてるんですよね」
「そんなことはないですよ」
「あるんです。だから今年は、花火まで大人しくしてます」
どうせ昨日、神輿行列を見に行ったのだし。そう言って膝を抱えている莉那が、本当はとても祭り好きで、だからこそ先輩である流や和人と気が合ったのだということを、在はちゃんと知っている。莉那に我慢はさせたくない。元はといえば、今年は事務所に引きこもることはなさそうだと、つい口が滑った在のせいでこうなったのだ。
「……御仁屋の限定饅頭」
ぽそ、と呟くと、莉那の肩がぴくんとはねた。毎年、夏祭りデートのときは必ず買って食べていた。在も御仁屋の菓子は嫌いではない。それに限定なのだから、今年は今日しか食べられないのだ。
「莉那さん、甘いもの欲しくないですか?」
「か、買い置きのお菓子があるので」
「それは普通にお店に行けば、生産終了しない限りはいつでも買えるものでしょう。でも限定饅頭は昨日と今日だけ。しかも昨日は買い逃してしまった」
「観光客が年々増えてるからしかたないです。今年はガイドブックとかにも載っちゃったみたいなので、あれが目的で来た人も多いらしいですよ」
「じゃあやっぱり食べておかないと」
在が笑って言うと、莉那の顔が真っ赤になる。昔は立場が逆だった。高校生の頃は、莉那の押しが強くて、在はいつも照れて戸惑ってばかり。けれども慣れれば、在が普通に莉那と話せるようになれば、実はこちらのほうが相手の弱点をとらえて翻弄するのは得意だということに気づいてしまった。
自分にそんな特技があったなんて、在はそうして初めて知ったのだった。
「買いに行きましょう、莉那さん。というか、僕は一人で留守番するのも一人で行くのも嫌なんですから、ついてきてもらわないと今度こそ困ります」
困るということを武器にするのは卑怯だとわかっている。でも、卑怯なのは今更だ。胸を張れることでもないが、卑下してそれまでにしてもどうしようもないことは学んだ。利用できるものなら利用してしまえと開き直る術は、これもやはり高校時代に身につけ、大学生活で浸透させたものかもしれない。
「……じゃあ、一緒に行きます。競走率高いので、人混みの中に突撃することになりますよ」
「いいですよ、ちょっとなら。じゃあ、さっそく」
あれから七年。莉那と親しくなってからなら六年。成長したといっていいのか、図太くなったというべきか。とにかくいい方向に転がったのは間違いないと、在は思っている。
「今年からはもう、黒哉も付き合ってくれないし」
「黒哉君? 去年は一緒にいたんですか?」
「事務所に引きこもってるときに差し入れしてくれたんですよ。でも、もう雪さんがいるから」
「在さんには私がいますよ」
「そうですね。頼りにしてますよ、僕の奥さん」
通ってきた道がどうであれ、今ここにあるのは幸福だ。
もう、祭りの日に事務所に引きこもることはないだろう。それは祭りが好きになったからではなくて、祭りが好きな人が傍にいるから。
この町への違和感に屈したわけではない、と在はこっそり抵抗し続けている。

駅裏商店街の入口のアーチの下、入江新と牧野亮太朗は炭酸飲料をちびちびと飲んでいた。待ち人が来ないので暇を持て余していたところ、ばったり出くわしたのだった。
「お前らな、もっとがーっと飲めよ。せっかく奢ってやったのに」
その様子を見て溜息を吐くのは、中央中学校教員の井藤幸介。祭りの賑やかさの中、アーチ下でぼんやりと立っていた二人を見つけて事情を聴き、元教え子たちを元気づけてやろうと思ったのだが。
「飲み終わってなくなったら、これ以上何して春を待てっていうんですか」
「俺は待つのはかまわないけど、新と何もせずに二人でいるのがいたたまれない。井藤ちゃん、なんか面白いことやってよ」
「人に何期待してんだよ牧野……」
井藤はパフォーマーではない。面白いものが見たければ、駅前大広場でやっているステージを見に行けばいい。今年はたしか、何年かぶりに瑠月樹里が来ているはずだ。いちアイドルから大人気のトップアーティストへと進化を遂げた彼女を呼ぶのは大変だっただろう。だが、きっとこの二人は自分の彼女以外に興味はない。昔からそういう生徒だった。
大広場から明るい曲と力強い歌声が響いてくる。ちょうど出番のようだ。おかげで出店の並ぶ商店街からは人がいくらか引いている。みんな広場のほうへ行き、今頃はタオルか何かを振り回しているのだろう。
「須藤も渡辺ももうすぐ来るだろ。人混みに邪魔されることもないだろうし」
「今メッセージきて、春はあと三十分かかるそうです。おじいさんの手伝いだから仕方ないけど」
「連絡来るだけ良いだろ。俺なんか来るかどうかもあやしくなってきたぞ。親戚が来るのはいいけど、ちびっ子の面倒見るのは大変だよな」
「……お前ら、それ手伝いに行ったほうがいいんじゃないの?」
そのほうが早く会えるし用事も済むしで、こうしてぐだぐだしていることもなくなっていい……と思ったが、それは井藤だけの考えではなかった。直後にステレオで喚かれたことによると、新は手伝いを申し出たが「工芸のことだから新には難しいよ」と断られ、亮太朗も「親戚に先輩のことどう説明したらいいかわからないし、あとでからかわれると面倒なので」とこれまた断られたそうだ。終わったら必ず行くから、と言われているだけましで、半ばふられたようなものだ。
だが井藤も、彼らのことばかり言っていられないのが現状だった。
「井藤ちゃんはそもそもなんでここにいるんだよ」
「そうですよ、井藤先生こそ何か用事があってここに来たんじゃないんですか」
「俺は教師としての見回り……のついでに嫁さん待ってんの」
「嫁さん? どっか行ってんの?」
「盆からずっと実家に帰ってるよ。処分しなきゃいけないものがいっぱいあるからって、俺は一緒に行ったのに先に帰されたんだ。今日の花火大会には間に合うようにするって言ってたんだけどな、夕方の列車で来なかったらアウト」
「井藤先生の新婚生活も大変ですね」
そう、井藤は一応新婚で、新と亮太朗もそれは知っている。なにしろ井藤の入籍の報せは当日のうちに町中に広まり、急遽同窓生で相談をして、一週間以内にほぼ全員がお祝いのメッセージを送ったのだ。現役の頃より団結していた、と元教え子たちの中では語り草になっている。
「みんな待ちぼうけかー」
「せっかくの祭りなのにな」
遠くから歓声が聞こえる。この小さな町に押し寄せた瑠月樹里ファンが盛り上がっている。彼女のおかげで、今年の祭りはすでに去年の来場者数を超えたそうだ。先ほど商工会議所の職員がそう話していた。
「牧野、暇ついでに訊いていいか?」
「何、井藤ちゃん」
「この町で生まれ育って、良かったと思ってる?」
「あ、それオレも聞きたい。春見てればわかると思ってたけど、マキとしてはどうなんだよ」
「今更だな」
たしかに新と井藤はこの町の生まれではない。中学からこの町にいた新はともかく、井藤は教員になってこの町に赴任してきたのだ。ここで生まれ育った亮太朗に比べれば、住んでいる期間は短いし、生まれたときにどうだったかなんてわからない。もっとも、それは亮太朗だって憶えていないのだけれど。
でも井藤や新に子供ができたら、その子は礼陣の子供になる。だから聞いておきたいのだろう。この町が住みよいかどうか。
「近隣の市より福祉関係はいいらしいし、子供最優先だから、中学卒業するまでは良いんじゃないのか。あとは高校以降の進路次第。俺みたいによその学校に行くことになって金がかかるかもしれないし、大学は礼大狙いじゃない限りまずほとんど山の向こうだ」
「それは一般的な話だろ。マキはその人生で良かったのか?」
「人生って、まだ二十年ちょっとだぞ。……でも、良かったんじゃないの。この町なら友達はわんさかできるし、井藤ちゃんみたいな先生や大人もいっぱいいるし」
亮太朗がそう言って笑うと、新も井藤も安心したような表情を見せた。だから今は、お前ら次第だぞ、という言葉は飲みこんでおく。
炭酸飲料の刺激が少なくなってきた。かわりに、人が増えてきた。ステージが一段落したのだろう。それぞれのスマートフォンに着信があったのは、ほぼ同時だった。
待っているだけは、もう終わり。そろそろ動き出さなければ。

夕方には駅裏商店街の出店が片付けを始め、人々は遠川河川敷や色野山展望台、礼陣神社境内などの花火観賞スポットに向かう。
加藤パン店も夏祭り限定の蒸しパンを売りきり、出店を片付ける。洗い物なども手早く済ませ、あとは明日の仕込みを残すのみとなった。これは両親がやるという。
「だから詩絵はちゃんと支度して、花火見てきなさい」
母が差し出す浴衣を、しかし詩絵は拒否した。浴衣で山を登るのは、整備された登山道を通るとしても難しい。今年の花火も色野山展望台で見るつもりなのだ。
「浴衣動きにくいし、普通の恰好でいいよ。もたもたして松木君に迷惑かけるのも嫌だし」
「俺は別に迷惑じゃないよ。詩絵さんに合わせる」
「花火に間に合わなかったら嫌でしょ。場所取りのことも考えると、絶対浴衣は不向き」
どうやら今年も、詩絵の浴衣姿は拝めないようだ。肩を落とした松木の背中を、詩絵の弟である成彦が慰めるように叩いた。
「二人で温泉でも行ったら見られるかもね、浴衣」
「成彦君、さらっとすごいこと言うよな」
「伝手ならあるから場所も紹介できるよ」
にやり、と笑う成彦。苦笑いで返しながら、さて本当にどうしようか、と悩む松木。大学四年の、今年が最後のチャンスだと思っていた。詩絵と二人の花火大会ももう四回目なのに、未だに告白すらできていないのだ。加藤家の人々はほぼ公認なのに。
「松木さん、自信持っていいよ。今年頑張れば大丈夫」
成彦に見送られ、松木と詩絵は色野山展望台までの道を歩く。一緒に歩く四年目は、もう松木が詩絵を追いかけることもなくなって、完全に並んで行くことができた。本当は二年目からそうだったのだけれど、この一言は今日まで言えずじまいだった。
「詩絵さん、手繋いでいい?」
これで勇気を使いきってしまってはいけないのだけれど、きっと半分以上費やした。
詩絵は目をしばたたかせ、言われたことを反芻する。頭で考えるよりも行動の方が早くて、気がつけば手を出していた。
「……ん。繋ぎたいならどうぞ」
「あ、ありがとう。失礼します」
互いに汗ばんでるなと思った。夏だからだ、緊張しているからかもしれないけれど、理由の大部分はきっと季節のせいだ。そう言い聞かせながら、他の二人連れに混じって進む。
色野山展望台は今年も人が多い。けれども例年通り、地元民や礼陣出身者らしい人たちばかりだ。昼間のステージや出店を目当てにやってきた人たちは、交通機関の都合などもあってほとんど帰っている。翌日は平日だから、そうせざるをえない。
いつもの場所に到着して、まもなく一発目が打ち上がる。まだ手は繋いだままだ。詩絵からも松木からも離そうとすることはなかった。今なら、と松木が口を開きかけたとき。
「松木君さ、アタシのこと好き?」
詩絵が先手を打った。答えが一種類しか出せないやり方で。
「……好き、です」
「うん。アタシも好き」
花火の音が、周りの声が、遠くなる。単調な告白が、頭の中を駆け巡る。ああ、好きなんだ、と。それだけがマッチの灯のように暗闇に浮かぶ。
「好きになったよ、松木君のこと。どこが、とか、何が、とかそういうのはよくわかんない。でも、早くバイトに来ないかな、とか、休みになったら会えるのが楽しみだな、とか、そんなふうに思う。そういうのが好きになることなら、アタシは松木君が好きなんだと思う」
このよくわからない気持ちをわかってほしいと思う、それも「好き」の一部だろうか。
「詩絵さん。俺、最初に詩絵さんと会ったときから、詩絵さんのこと好きだったよ」
「それは周りから婿さんだのなんだのって言われてたからじゃなくて?」
「その前から。だから今、詩絵さんから言われてびっくりしてるし、……嬉しすぎて花火どころじゃない」
「いや、花火は見といた方がいいよ。だって、今ここにいるアタシたちの特権なんだからさ」
そして花火を見るたびに、今夜のことを思い出そう。

音なら聞こえる。光も微かに届く。いつも見ていた花火を見ずに、今年は野下家の縁側に、流と和人と桜が並んで座っていた。
庭には老犬が寝そべっている。その様子をただ、静かに見守る。
「桜、あっしと花火見なくて良かったのか」
「原稿中だから見れないって。だから私もオオカミを見てるの」
こんなに静かな祭りは、生まれて初めてなんじゃないだろうか。お祭男と称された流が、今年はステージにも出ず、軽く出店をまわっただけだった。
オオカミが心配だった。でも、それだけじゃない。今まで海外に旅に出て、夏祭りに帰って来る生活をしていたのが、これで一旦終わってしまうという現実を見なければならなかった。
世界情勢をみるにつけ、一度旅の生活は諦めなければならないと結論を出した。家族や友人に心配をかけたくなかったし、和人を道連れにしてしまうことにも罪悪感が募りつつあった。
もうしばらくは、この町にいる。そのための生活のことを考えなければならない。それは、和人も同じだった。
「長い旅になると思ったんだけどな」
「長かったよ。……落ち着いたら、また行けばいい」
それはいったい、いつになるだろう。
祭りが終わる。終わってしまう。もうすぐ花火の時間も、終わる。
「仕切り直すのもいいんじゃないかと、僕は思うよ」
そう言う和人だって、本当に納得したわけではない。
世界は動く。ちっぽけな二人は、結局それに翻弄されるしかなかった。それが悔しい。
「大口叩いて、これだもんな。和人を連れまわしただけだった。ごめんな」
「それは違うよ。行くと決めたのは僕で、歩いたところで得られたものは僕らのものだ」
無駄ではなかったかもしれない。けれども犠牲にしたものは、けっして小さくはない。
たとえば、目の前の犬とか。
「……もう、らしくないなあ、お兄ちゃんも和人さんも。そもそも一緒にいたくて始めた旅なんだから、これからもそうすればいいじゃない。留まる場所がまた礼陣になっただけよ」
桜が愛猫を撫でながら言う。――そういうことにしておこうか。旅はまだ終わったわけではない、ということに。
「……さっきのが最後の一発だったのかな、花火。もう聞こえないね」
「そうだな。オオカミ、わかったかな。花火の音」
「吠えないから、わかんないね」
ひとまず、ただいま。


礼陣の夏が過ぎていく。祭りの夜が明けたなら、その先に次の季節が待つ。
そうしてまた時が巡れば、祭りの季節はやってくる。
それを見届け、鬼たちは、この町を守り続けるのだ。
『それが私たちの役目だものね』
それを確かめ、夜を過ごす。



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posted by 外都ユウマ at 12:19| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする