2016年12月17日

鬼の町で縁を結べば

年の瀬の礼陣駅前交番は、だからといって急に忙しくなるということもなく、やつこにとっては至って穏やかなものだった。先輩などはみかんを食べながらラジオを聴き、「北市女大の子はお淑やかなだけじゃなくて声まで可愛いよね」と嘯いている。
「でもやっぱり、夏までパーソナリティーしてた四年の子が好きだったなあ、僕は」
「千花さんのことだったら、正式にラジオ局のアナウンサーになるって噂です」
「じゃあ、そのうちまた声が聴けるね。楽しみだなあ」
間延びした口調と全体的に丸いフォルムが特徴の先輩だが、礼陣で生まれ育ってこの町の事情にも詳しい、頼れる人なのだということをやつこは知っている。今はみかん食べてるけど。これで三つめだけど。他にもこの交番に出入りする警察官はいるけれど、やつこの教育係ということもあって、一緒にいる時間が長いのはこの人だ。
「十二月って、よそは大変だって聞きますよね。イベントが多いからかな」
「十二月に限らず、この町が平和すぎるんだよねえ。高齢者を狙った詐欺とかも被害は少ないし。空き巣は物を盗む前に転んで気絶するし」
後者は鬼の仕業だな、というのが礼陣駅前交番に勤務する人々の見解だ。こういう結論になってしまうのが、この礼陣という町なのだ。事情を知っていなければ、上手に安全を守ることはできない。
礼陣には鬼がいる。不思議な力を持った、普通の人には見えない存在だ。だが町全体がその恩恵を受けていて、人々はその存在を信じている。よそから来た学生すらも、いつのまにか地元の人間にその存在を刷り込まれるのだから、見ようによっては恐ろしいかもしれない。けれどもやつこや先輩が生まれ育ってきたのはそういう環境で、研修などで外に出る機会でもなければ、それが世間一般の常識からかけ離れたことであると意識せずに過ごしてしまう。
よそから見れば「礼陣は特殊な土地だから、地元のやつしか勤務できない」ということらしく、この交番にもなかなか新しい風は入ってこない。吹き込むのは冬の乾いた風ばかり。
しかしそうかと思って油断していれば、まったく予想もしない訪問があることも、ときどきはある。

「すみません、道を尋ねたいんですが」
交番の戸をからからと開け、見たことのない女の子がこちらを覗き込んだ。結って肩から胸におろした髪には朱色のシュシュ。もう片方の肩にはオフホワイトのボストンバッグ。
初めて見る顔というだけで、この町ではすぐに山の向こうから来たのだとわかる。加えて道を知らないとなれば、大抵は旅行者だ。それにしても、少々時期がずれていると思うが。
「はい、どちらへ? 寒いでしょうし、話は中で聞きますよ」
近付いて分かったが、身長はやつこよりほんの少し低い。それこそ先ほど先輩と話題になった「来年アナウンサーになる千花さん」に雰囲気が似ている。
「可愛いねえ」
先輩のそんな呟きが聞こえたような気がしたが、たぶんラジオにだろうと思って知らないふりをする。もちろん、目の前のこの人も、十分に可愛いが。
「先輩、わたしお茶淹れるんで、対応を」
「いや、僕がお茶淹れてくるよ。やっこちゃんのほうが話しやすいだろうし」
それは助かる。やつことしても、先輩以外の人と話をしたい気分だった。女の子を座らせて、自分も椅子に座り直す。
「ええと、道ですよね。どこに向かわれるんですか?」
「……神社に。礼陣神社を探しに来ました。鬼だか神様だかがいるって、噂を聞いて」
やつこが尋ねると、女の子は微笑みを浮かべてそう言った。後半のほうは少し言いにくそうだったけれど、ここではなんでもない理由だ。
「神社は駅の裏の商店街を、東側……入口をくぐったところの右側の道を真っ直ぐ行くと石段に辿り着くので、その上です。商店街までご案内しましょうか」
礼陣の町のシンボルともなっている大きな鳥居は、駅からでも見ることができる。けれども実際にどう行けば辿り着くのかは、歩いてみないとわからないだろう。旅行者にはよくあることだ。
「駅の裏ですね。ありがとうございます。自分で行ってみます」
「あと、鬼はいますよ。ここで鬼って呼んでるだけで、まあ神様に近いものかなとわたしは思ってます」
やつこが言い添えると、女の子は目を丸くした。まさかこちらにまで回答をもらえるとは思っていなかったようだ。やつこたちにとってはいつものことだが。
「神社にいます。もしかしたら寒くて引きこもってるかも。若い人間の男の人みたいな姿なので、会うだけじゃなかなか信じられないかもしれません」
「男の人……ですか」
女の子が小さく息を吐く。それから少し迷ったような表情を見せて、先輩がお茶を持って来ると同時にまた口を開いた。
「女の子は、いませんか。小さな女の子の神様。手のひらにのるくらいの……縁結びの神様は」
意を決したような顔と口調に、今度はやつこが驚く番だった。

縁結びの神様が礼陣にいる、という話は聞いたことがない。鬼はあらゆる物事をできる限り叶えようとするが、それは明確な役割を持っていないということでもある。しいていうなら、子供を守る神様だ。彼らは子供を最優先する。
縁結びに興味がありそうな鬼は、話だけならやつこもいくらかは聞いていて、心当たりがないでもない。けれどもよそにまで名を轟かせるほどではなかったと思うし、「手のひらにのるくらい」という条件には当てはまらない。
そもそも女の子の言う神様は、あまりに具体的だ。
「沙良ちゃんなら知ってるかも……だけど、まだ学校の時間か。神主さんに直接聞いてみるしかないかな、これは」
「あ、わからないならいいんです。ここは神様がいるって話を聞いたもので、そういう子もいないかなって思って」
いたとしても、この人に見ることができるのだろうか。いや、具体的な特徴は知っているから言えることだ。特別な能力を持っている人はたまにいるから、そういう人なのかもしれない。
「……変だと思わないんですか、私の話」
女の子が今更訝し気にやつこを見る。
「思わないです。この町は鬼がいることが常識だし、わたしも昔は見えたので。あなたもそういうのが見える人ですか?」
笑顔で尋ねると、女の子は首を捻る。
「見える人、とはちょっと違います。その神様とだけ、ほんの一時期交流があったんです。私の願いを……縁を結んでくれた、小さな神様で。三つ願いを叶えたら、その人の前から姿を消すという約束があって。私は偶然、その子と会ったんですが……気がつけば、もう随分と昔の話ですね。小学生の頃です」
こちらがこの手の話を解するとわかって安心したのか、女の子はすらすらと話してくれた。条件から鬼ではなさそうだと、やつこは判断する。そもそも礼陣の鬼は礼陣から出られないので、山の向こうから来たであろう彼女と面識があるはずはない。
けれども捜し人、いや捜し神には協力したかった。その縁結びの神様とやらがこの辺りを訪れている可能性はゼロではない。鬼の長である神主なら、鬼以外の「人ならざるもの」とも接点があるはずだ。このまま「神社の神主さんに訊いてみればいいですよ」と送りだすこともできるが……。
そわそわし始めたやつこに、先輩は笑って言った。
「いいよ、やっこちゃん。その人案内しておいで。この件は明らかにやっこちゃん向きだ」
「ありがとうございます!」
先輩に向かって勢いよく頭を下げたやつこに、女の子は驚いたようだった。けれどもやっぱり面白かったのか、クスリと笑った。


女の子が、戸田ひかりといいます、と名乗ったので、こちらも根代八子ですと返した。聞けば同い年だというので、商店街入口に差し掛かった頃には、もう「ひかりちゃん」「やっこちゃん」と呼び合っていた。
「やっこちゃんは高校生まで鬼が見えてたんだ。いいなあ、交流が長くて」
「鬼とだけね。ひかりちゃんは、本当にその……えんむすびちゃん、と会ったのは一度だけ?」
「うん。三つめの願い事を叶えてもらってお別れしてからは、一度も会ってない。それに私にだけ見えてた存在だから、人に話し難くて。唯一話して信じてくれた近所のおばあちゃんは、先日亡くなったし」
白い息が空気にとけた。だからかな、というひかりの声とともに。
「知ってる人がいなくなっちゃったから、本当にいたんだってことを確かめたくなったのかも。ネットで色々探して、辿り着いたのがこの町だった」
「……でも、ここは」
「そうだね、やっこちゃんの話聞いてわかった。ここには鬼しかいない。だからえんむすびちゃんはきっといない」
縁結びの神様、呼び名をそのまま「えんむすびちゃん」。どうやら神様本人がそう呼んでほしいといったらしい。縁を結ぶという方法で人の願いを叶える、手のひらサイズの可愛い神様。
やつこには全く心当たりがないが、でも。
「立ち寄った可能性はあると思う。神主さんのところ、たまに鬼以外の神様が来るみたいなんだ」
ひかりの記憶にあるのなら、えんむすびちゃんはいたのだろう。そして今でもどこかにいる。この町じゃなくたって、世界のどこかには。
「ありがとう。でも、会えないなら会えないで、それも仕方ないって思ってるから。あの子はきっと、誰かの縁を結ぶのに忙しいの。ちっちゃくても神様だもの」
にこ、と笑ったひかりは、髪をまとめているシュシュに触れながら続ける。
「あの子の結んだ縁、すごいんだ。私は親戚でもないのに、おばあちゃんの最期を看取ることができた。小学生の頃に片思いしてた男の子とは、今でも仲の良い友達で、大学も同じ。おばあちゃんの家の近所の人たちは、会えば声をかけてくれる。お葬式もそんなに困らなかったな、みんながおばあちゃんのためにって集まったから」
永くて良いご縁でしょう、と誇らしげに胸を張るひかりに、やつこは頷く。えんむすびちゃんの力は本物で、それからひかりの人との縁を大事にする気持ちも大きいのだと感じた。
商店街の東端が近づき、和菓子屋とその向こうの石段が見えてくる。あそこ、とやつこが指さして示すと、ひかりはそれを確かめてから、視線と上へと向けた。大きな鳥居が迫っている。
「赤くないんだね、鳥居。黒?」
「濃い深緑なんだ。昔からそうだったのかはわからないけれど」
へえ、という返事に、明るい電子音が重なった。ひかりが自分のポケットから慌ててスマートフォンを取り出し、やつこに「ごめん」と告げてから呼び出しに応じた。
「はい、戸田です。……あー、うん、今日は休んじゃった。申し訳ないんだけど、あとで弘樹君のノート見せてくれるかな。後で詳しく話すけど、調べた町に来てみたの。もう神社の目の前」
通話を聞くのは悪いと思ったが、やつこの耳にも「本当に行ったの」という声が聞こえた。どこか呆れたような、しかし諦めてもいるような。
「なんだか落ち着かなくて。大丈夫、ちゃんと帰るから」
それから何度か返事をして、ひかりは通話を終えた。やつこに困ったように笑ってから、「さっき言った男の子」と教えてくれた。
「付き合いは長いし、えんむすびちゃんのこともちょっと話したことがあるんだけど、こっちはおばあちゃんと違って簡単に信じてはくれなかったんだよね。二人ともファンタジー小説が好きだったからかな、本の話と混同されてるみたい。私と一緒にこの町のことを調べてくれたけど、たぶん、おばあちゃんがいなくなって寂しがってる私を放っておけなかったんじゃないかな」
昔から優しい人だから、と言いながらも、ひかりはどこか残念そうだ。自分のほかにあともう一人、あの神様の存在を信じてくれたらいいのに。そう思っているのはすぐにわかった。やつこも一時期礼陣を離れていたときに、似たような気持ちを抱いたことがある。
「でもここにはやっぱり来るべきだったんだよ、私は。来なくちゃ、やっこちゃんに会えなかった。これも縁だよね」
「そうだね、これも縁だ」
もしかしたらあの子が導いてくれたのかも、と少し声を弾ませて、ひかりは石段を上り始めた。

境内は静かなものだった。まだやつこに鬼が見えたなら賑やかだったのかもしれないが、今では気配も感じられない。寒々しい境内は、しかし、初めてここに来たひかりにはどのように見えているのだろう。
「思ってたよりちゃんとした神社だね。設備とか」
「昭和後期に直したものや新しく作ったものもあるよ。できたばかりの頃は、鳥居とお社だけだったみたい。神主さんはたぶん社務所にいる」
「待って、やっこちゃん。ちゃんとお参りしたいな。せっかく来たんだし」
そういえばやつこも、しばらくきちんとしたお参りはしていない。ひかりと共に冷たい水で手と口を漱ぎ、拝殿に向かった。
拍手を打って、手を合わせていると、鬼たちと交流があった頃のことを思い出す。ひかりは何を思っているのだろう。ちらりと横顔を見たけれど、さすがに心を読むことは今も昔もできない。
「やっこさん」
拝殿に向かって一礼したところで、名前を呼ばれた。礼陣の人には耳慣れた穏やかな声だ。
「お久しぶりです、神主さん。……なんか、会うといつもお久しぶりになっちゃいますね」
「お仕事があるんでしょう。お隣は?」
そうだ、紹介をしなければ。口を開きかけたやつこを、けれどもひかりが遮る。
「はじめまして、戸田といいます。ここの神主さんですか?」
「はい」
「鬼、なんですか?」
「そうですよ」
なんでもないことのように、つまりはいつものように、神主は返事をした。ひかりは息を呑んだようだったが、すぐにまた尋ねる。
「教えてください。ここに、縁結びの神様が来たことはありませんか」
やつこも初めて聞く、今日で一番真剣な声だった。神主は少し首を傾げながらひかりをみていたが、やがて眉を少し下げた。
「すみませんが、会ったことはないです」
「そうですか……」
「けれど、あなたが神と関わった人間であることはわかりますよ。左手の小指から、いくつもの縁が伸びているのが私にも見えます。わざわざ縁に目印をつけるということは、よほどあなたと関わりが深いのでしょうね」
はっとして自分の左手を見たひかりを、やつこは目で追う。神主はさらに続けた。
「……なるほど、幸せ笑顔、ですか。あなたは、縁を結んでそうなれましたか?」
「どうして。会ったことないって言ったのに、あの子の……えんむすびちゃんの唄を、知っているんですか」
「糸に書いてあるんです。その神があなたのことを大切に思って刻んだ、これからも幸せであるようにとの願いです。随分仲良くなったんですね」
丸く見開かれたひかりの目が、細くなり、閉じた端から涙が零れた。夢じゃなかった、と呟いて、左手でそれを拭う。
「あの子は、本当に縁を結んでくれたんですね。あの子のおかげで、私、ずっと幸せでした。笑顔でいられました」
「それは何よりです。私たちにも願いはあります。それが叶っているなら、どんなに嬉しいことか」
「だったら、これからも叶え続けなくちゃいけませんね。あの子を信じて」
泣いてたらあの子が困っちゃう。
ひかりがしっかりと前を向いたのを、やつこは微笑みながら見ていた。

そのままひかりが駅へ向かうのを、やつこは見送ることにした。どこかに泊まるつもりで持ってきたボストンバッグは、今回は出番がないようだ。
「地元に戻って報告したいこともできた。友達にも、またえんむすびちゃんのこと話してみる」
「フィクションじゃないことは、うちの神様のお墨付きだからね。えんむすびちゃんとの記憶、これからも大切にして」
「うん。ここで結んだ新しい縁もね。縁を結べば幸せ笑顔、なんだよ」
左手の小指を撫でながらひかりは心底幸せそうに笑った。
やつこも笑い返し、また会うことを約束した。今度は賑やかな夏にでも、と。私は冬も大好きだよ、とひかりは列車に乗り込む。
ドアが閉まる前、やつこは光る糸を見た気がした。ひかりの左手の小指から伸びたそれが、自分の左手へ繋がっているように。一瞬のことだった。だが。
「……これも縁、だね」
見間違いではないと、やつこは信じている。



続きを読む
posted by 外都ユウマ at 18:29| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

ひとり遊び思考

早いものでもう年末ですね。今年も本を選んで紹介したりする予定です。とはいえぎりぎりまで読むし悩むと思いますが。今年は特に。
その前に、しばらくお話も載せていませんでしたし(別館に集中していました。本館も年内に一話くらいやりたいです)ちょっとどうでもいい話置いときます。

ひとり遊びが得意です。昔からそうなのです。母曰く、宙に向かって一生懸命何かを語りかけようとしている、そんな幼児だったようです。
一人でブランコに乗っているところを幼稚園の先生に声をかけられた記憶がまだ残っています。
「なにしてるの?」
「お空の雲さんとお話してたの」
私は話しかけられるまで、本当に空に向かって相槌を打ち続けていたのでした。
「一緒に遊ぼう」と同級生に言われて、「今日はひとりで遊ぶから」と答えたことも何度もあります。幼稚園児なりにひとりで遊ぶことへのこだわりがあったのかもしれません。
とにかく、そのとき自分の頭の中にある設定を、他人が入ってくることによって崩されるのが嫌だった。今でもその傾向は変わっていません。(自分のスケジュールを狂わされると混乱する、他人に急かされると焦りからもともと低い能力がさらに低下するなど。外で働くうえで折りあいつけるのに苦労しています)
他の子と遊ばずに好きな本を読んでいても、とくに気にされなかったからということもあったのかも、と今は思います。弟たちや妹を見ていると、私は特に私のような子供に寛容な環境で幼少期を過ごせていたような気がします。少なくとも「同級生と遊ぶことよりひとりでの読書を優先していたら心配された」という記憶はないので。それとも私が気づいていないか、都合よく忘れただけでしょうか。
友人がいなかったわけではありません。小学生からの付き合いが今でも続いている人もいます。そういう人って、だいたい適切な距離を上手に置けていた人ですね。物理的なり気持ち的なり。

ひとり遊びといいつつも、遊び相手はいます。先ほどの「雲さん」のような自然のもの、着せ替え人形、ぬいぐるみ、読んでいた本の登場人物(夢小説も中学生くらいのとき書いてたな)、自分が作りだしたキャラクター。
ものを使うこともありましたが、基本的には得た知識と私一人の頭があれば、遊ぶのには十分だったのです。
脳内会話は当たり前、「ひとり」の私に常にツッコミと叱責と励ましをくれるのは、私の頭の中に昔からいる、亜矢と名付けた相棒です。私の本名候補の一つだったものからとりました。この相棒と離れることはないので、私はしょっちゅうひとりですが孤独だったこともありません。

友達がいらないわけではなく。みんなでやらなければならないことがあるということも知っている。ただ自分のペースとスペースを守れたほうが何かとやりやすい、というなら誰だってそうなのでは。
ひとり遊びは自分のペースとスペースを守ると同時に、行いを反省することと今後の自分のあり方を考えることでもあります。他人のことを全く考えないわけではなく、外部からの刺激の処理と対応のためにひとり遊びを必要としていることもあります。相当真面目に真剣に遊んでます。
そういう人って私だけではないのでは? と思うようになったのはここ十年くらいでしょうか。
人によっては相手をするのが面倒でしょうし、それで離れていくならしかたない。
味方がいくらかいたほうが世の中わたりやすいのは承知の上で、私はこれからも生きている限りはひとり遊びを続けていくのだろうなと思います。
posted by 外都ユウマ at 17:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

文章収納しました

今月のお話をサイトギャラリーに収納しました。
礼陣群像劇、まとめてある連続ものを除いた話数がついに199話に。ギャラリーも随分見づらくなったなあ。

「鬼の語りを継いでゆく」
一力さんちのお話。紅葉も大きくなりました。
大助が話そうとしていたものも、詳細はいつかそのうち。
「おいてけぼりの秋」
流和とあっし桜。
ちょっとダウナーになってるだけですので、流はそのうち復活します。
「礼陣町語り 秋の夕暮れ」
神主さんと愛さんのお話。愛さんが中学生の頃なので、結構昔ですね。
以前にもちょっとやってますが、礼陣含む門地方空襲に関しては、もうちょっと勉強してから掘り下げたい。
「ボールと子どもの怪」
こちらもちょっと過去のお話。礼陣から出た海とよその怪談。
鬼の子全部がよそで特殊能力を発揮するわけではありませんが、海は顕著です。
「礼陣町語り 春の放課後」
神主さんと愛さんのお話。愛さんが礼陣に来たばかりの頃。
やさぐれていた時代が、慈愛の鬼の子にもありました。

以上5本でした。年末にかけて少なくなります。
posted by 外都ユウマ at 11:28| Comment(0) | 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

礼陣町語り 春の放課後

友達と呼べる人はいなかった。これからもずっとできないのだろうと思っていた。
私は他の子とは違うから。誰かの興味の対象にはなっても、好意の対象にはならないのだと、幼い頃から気がついていた。
私をわかってくれるのは家族だけ。五つ違いの兄と、七つ下の小さな弟。海外出張の多い両親には、心配をかけたくないから、友達がいないことは黙っていた。とうとう言わずじまいだった。もしかして知っていたとしても、それを追及されるようなことはことはなかった。自分で自分の世界を作ることができるのならそれで良いと、それが両親の教育方針だったことは、あとで兄から聞いて知った。それは私に、とても合っていたのだろう。
小学六年生になる直前に引っ越しをして、暮らす環境ががらりと変わった。住む町、通う学校、毎日顔を合わせる人たち。今までと違うことに戸惑った。一番妙だったのは、それまで私が他人と違うと思っていた要素がなくなったことだった。
後になくなったのではなく、この礼陣という町においては、特別なフィルターがかかるだけなのだとわかるのだが。
私には異形が見える。ひとならざるもの、生きているとはとても思えないようなもの、奇妙なかたちをしたものたちを、この目に映すことができる。私には、異能があった。

「一力さん、おはよう。ここにはもう慣れた?」
にこやかに話しかけてくるクラスメイトに、私はぎこちなく「おはよう」と返す。転校してくる前はあまりに人を避けすぎていて、誰かと会話をすることがすっかり苦手になっていた。
「まだ、あんまり慣れない……かな。家の片付けも終わってないの」
「そっかあ。時間ができたらさ、クラブ活動のこととかも考えてみてね。ちなみにあたしはバドミントンやってるの。一力さんはスポーツ得意?」
「得意ではない……かな。体力測定も、そんなに結果良くなかったの」
「ふうん、運動できそうに見えるんだけどな。なんか意外」
私が会話を苦手としていても、クラスメイトは私によく話しかけてくる。転校生に対する興味なのか、仲良くしたいと思ってくれているのか、今のところははかりかねている。人付き合いには慎重にならなければ。いくらこの町に来てから異形が見えなくなったからといって、ぼろが出ればたちまちに、人の態度というものは変わってしまうものだから。
嘘つき呼ばわりも、おかしい子だと遠巻きにされるのも、もうこりごりだ。それなら最初から近づかずに、適度に離れていたほうが楽だろう。それが小学生の私が辿り着いた処世術だった。
それなのに、クラスメイトはまだ話しかけ続けて……しかも人数がだんだん増えてくる。
「おはよ、リョウコ、一力さん。算数の宿題なんだけどさ、授業の前に答え合わせしない?」
「みんなー、おはよう。一力さんさ、昨日商店街で買い物してた? 社台高校の制服着た人、あれってもしかしてお兄さん? すっごくかっこよかったね!」
「うそ、そんなにかっこいいお兄さんいるの? 紹介してよ、一力さん」
「あの……ええと。たしかにそれは兄だけど……」
引っ越してきてからずっと思っていることだけれど、この町の人たちはまるで遠慮というものがないようだ。子供だけじゃない、大人もそう。向かいの家に住んでいる皆倉さんは、奥さんが外国人ということもあって習慣的なものがあるのかなと思っていたけれど、そうではないはずの人たちまであまりに……そう、言ってしまえば馴れ馴れしかった。
商店街を歩いていても、知らない人が親し気に声をかけてくる。近所の人たちもまるで私たちがずっとここに住んでいたかのように、当たり前の顔をしてお惣菜なんかを渡してくる。
きわめつけはこれだ。
――この町は鬼に守られているからね。安心して暮らしなさい。
いい大人が、「鬼」なんて非現実的な存在を持ち出して、安心しろと無責任なことを言う。私の知っている鬼は人に取り憑いて悪意を助長させるものだったから、守られているなんてとても信じられなかった。
何も知らないくせに、変なことを言わないでほしい。私みたいに、異形が見えるわけでもないのに。
「一力さん、商店街に行ったなら、神社にはもう行った?」
クラスメイトの一人が、遠くを指さした。家と街の向こう、小高い丘の上に、黒い大きな鳥居がある。あれはこの町のシンボルだという。祀られているのは――。
「神社には、春休みのあいだに一度だけ」
「あそこね、自由に遊びに行っていいんだよ。他の学校の子もたくさん来てるから、友達いっぱいできるよ。でも、鎮守の森には入っちゃいけないの」
ああ、だから一度行ったあのときも、子供が境内を駆けまわっていたのか。あれは許されていることだったのか。曖昧に「そうなんだ」と返事をして、笑って流しておいた。上手く笑えていただろうか。

礼陣神社の鳥居は、近くで見ると黒くはないことがわかる。深い緑色なのだった。
買い物は商店街のほうが得だと皆倉さんに教えられたので、私は毎日のようにおつかいに出されている。住宅街を抜け、大きな道路を渡り、駅の裏に入ったところに東西に軒を連ねる店。歩いていくには少し遠いので、近々新しい自転車を買ってもらえることになった。
神社は商店街の東端、和菓子屋さんの脇にある、石段の先。
引っ越しを随分と皆倉さんたち近所の人々に手伝ってもらってしまったために、お礼をしなければならなかった。和菓子屋さん「御仁屋」で、小さな箱詰めを四つ買う。少し重い。それなのに店の人は、「おまけだ」と言って小さなお饅頭を二つもくれたのだった。
大きな袋と小さな紙袋で両手が塞がり、うんざりする。お饅頭は、兄……は部活を決めなければならないとかでまだ帰ってこないだろうから、弟と皆倉さんの娘さんにあげよう。弟と娘さんは同い年で、並ぶととても可愛いのだ。
急いで帰ろうとして、けれども視線が石段の上へ向いた。鳥居があって、その先には境内がある。一度だけ来たときは子供が駆けまわる賑やかな場所だったけれど、今日はあまり声が聞こえない。では、今は誰もいないのだろうか。
ふらり、と足が石段に向いた。手にかかる重さは忘れていた。一段ずつ上っていくと、次第に境内が見えてくる。一番上に辿り着くと、そこは鳥居の真下で、脇に灯篭、手水舎、真正面に拝殿。少し離れたところにあるのが社務所のようだ。お守りなどの授与所も兼ねているようで、窓口がある。前に来たときにはじっくり見られなかったところが、今日はよく見えた。
来てしまったのだから参拝はするべきだろうと、手水舎へ向かう。ああでも両手が塞がっていたんだった、どうしよう……と途方に暮れかけたとき。
「おや、こんにちは。また来てくれたんですね」
頭の上から、声が降ってきた。穏やかで優しい、ふわりと吹く風のような声だった。
見上げると男の人が、笑顔を浮かべていた。にっこり、というには薄く、かといって無理に作ったような顔でもない。このうっすらとした微笑みが、おそらくはその人の笑い方なのだろう。
長い髪は束ねられ、浅葱色の袴を穿いている。あまり偉い人ではなさそうだけれど、神社の関係者だろうと予想がついた。
「……こんにちは」
やっとのことで挨拶をして、ふと気がついた。「また」ということは、初めて来たときの私を知っているのだろうか。
その疑問を口にしてはいないのに、そのひとはまるで問いを掬い取るようにして言った。
「春休み、引っ越してきたばかりの頃にいらしてくれたときは、きちんとご挨拶ができませんでしたね。私はここの者です。町の人は『神主さん』と呼んでくれますよ」
「神主さん……」
この人が? という言葉を呑みこむ。そういうからには、この神社の代表なのだろう。たしかに、他に関係者らしき人は見当たらない。
戸惑う私を、このひとは次の台詞でさらに混乱させた。
「一力愛さん、でしょう」
どうして私の名前を知っているのだ。息を呑んだけれど、逃げだすことはおろか、後退ることもできなかった。その場に足を縫い付けられたかのように、少しも動くことができない。おまけに目まで、「神主さん」から離せなかった。――優し気な眼差しが、ほんの少し赤く光ったように見えた。
そのひとはさらに目を細め、続けた。
「町の人の顔と名前なら、すぐに憶えられますよ。貴方は愛さん。お兄さんの名前は恵君、弟さんの名前は大助君。春休みにこの礼陣の町の、遠川地区西側に越してきた。あのあたりは洋通りとも呼ばれているんですよ」
「そうなんですか」
流れるような声に、私は自然と相槌を打っていた。それから片手の小さな紙袋を、目の前の相手に、初めて顔を合わせて話をしたそのひとに向かって差し出していた。
「よかったら、どうぞ」
弟たちにあげようと思っていたお饅頭。けれどもそのひとにあげたら、とても喜びそうだと思った。
「これは……! 御仁屋のおにまんじゅうではないですか。私の大好物です」
中身を見ずにそれと当てたのは、袋のせいなのか、それとも他に何か要素があったのか。当時の私にはわからなくて、ただただ頷いているだけだった。
「こんな素敵なものをいただいてもいいんですか?」
「はい。両手が塞がって困っていたので、いいんです」
「ありがとうございます」
そのひと、神主さんは、私の手から丁寧に袋を受け取った。そうして中身を一つ取り出し、私に返した。
「二個入っていますから、これは今、貴方が食べてください。美味しいですよ」
「は、はい……」
おずおずとお饅頭を受け取って、そのまま口に運んだ。どうしてもこのひとの目の前で食べてみせなければいけないような気がしていたのかもしれない。
結局のところ、それは正解だった。齧ったお饅頭は甘く、けれども口の中で餡子がさらりと溶けて、ちょうどいい塩梅だった。今まで食べたことのない美味しさだったのだ。
「わあ、本当に美味しい」
「でしょう? 昔からいい仕事をするんですよ、御仁屋の人々は」
神主さんもお饅頭を頬張って、今度はにこにこしていた。微笑みが地顔で、こっちが笑顔なのかもしれないと、思い至ったのはずっと後のことだ。
「……ここには、貴方を脅かすものはありませんよ」
夢中でお饅頭を食べていた私に、神主さんは何の脈絡もなく言った。
「貴方が見聞きするものを、信じるも疑うも自由です。人に話したっていい。誰もそれを咎めません」
口に物が入っていて、返事ができなかった。そのあいだに神主さんは手を振ってこの場から離れ、社務所の方へと歩き出していた。
「この町で、貴方が幸せを感じられますように」
その声が遠く聞こえた。最後まで柔らかな響きだった。


それから数年が経ち、私は社務所で神主さんにお茶を淹れている。
その数年の間にいろいろあって、私は神主さんと随分親しくなった。相変わらず人間の友達は少ないけれど、人と話すことは昔ほど苦ではなくなった。たぶん、慣れたのだろう。この町では、誰かの協力なしには生きられないと実感させられることが多いから。
今、幸せを感じられているかと問われれば、そうだと答えられる。人付き合いを避けようとしていた女の子はもういなくて、かわりに人と、そしてひとならざるものたちと関わっていくことを選んだ私がいる。
この町に引き込まれて、この町の食べ物を口にした。その瞬間から私はこの町の人間として生きることとなり、きっと縛られてしまったのだ。けれども嫌じゃなく、むしろ心地がいい。
「愛さん、今日のお茶請けは最中にしましょう。ちょうどいただきものがあるんです」
「根代さんが持ってきた最中なら、さっき鬼たちが食べてましたよ。残ってます?」
「ええ? ……ああ、ちょうど二個だけ。私たちのために残しておいてくれたんですね」
好意が向けられることはないだろうと思っていた私に、今は親しくしてくれる人がいる。私を想ってくれ、お菓子を残しておいてくれるような、そんなひとたちがいる。一緒にお菓子を食べようと、誘ってくれる人がいる。
私には異能がある。この町に来てしばらくしてから、その異能が役に立ち始めた。誰に疎まれることもなく、思う存分発揮して、それが多くのひとの助けになっている。
こんな未来があるんだということを、私は昔の私に教えてあげたい。そうしたらもっと、素直に可愛く笑うだろうか。
今の私が、きっとそうできているように。



続きを読む
posted by 外都ユウマ at 15:56| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

ボールと子どもの怪

女の子は毬つきが大好きでした。
ぽーん。ぽーん。
その日も家の前で、お気に入りのボールをついて遊んでいました。
ぽーん。ぽーん。
ところがあまりに夢中になっていて、気がつかなかったのです。
ぽーん。ぽーん。
ハンドルを切り損ねたトラックが、女の子のほうに向かってきていたことに。
どーん、ぐしゃっ。
女の子は家の壁とトラックのあいだで、潰れて死んでしまいました。
家は直されましたが、壁には女の子の姿が浮かび上がるようになりました。何度塗り直しても、黒い染みとなって現れるので、とうとう家ごと取り壊されることになりました。
けれども今でも、その場所を訪れた人には聞こえるのです。
ぽーん。ぽーん。
何もないのに、誰もいないのに、ボールが弾む音が。

「……で、そこでボールで遊んでると、出るんだってさ。女の子の幽霊」
声を低くして、しかし顔はにやついたままだった。終始そんな調子で話すものだから、疲れないのかな、と海は欠伸を一つした。
大学剣道部の合宿でのことである。夜中なのだから寝ればいいのに――ただでさえ朝は早いのだ――部員の数名がそんな話を始めたせいで、眠れなくなってしまった者もいた。こういうのは怖いと思う人には本当に怖いし、好きな人は悪趣味なくらい好きなものだ。
「現場、この近くなんだよね。オレ地元だからさ、昔から何遍もこの話聞いたの」
じゃあ今更するなよ、と思ったが言わない。寝てしまいたかったが、彼らがうるさくて眠れないので、とりあえず話を聞いていた次第である。これなら地元の先輩が好きで見ていた、海外のホラー映画のほうがよほど怖い。たしかあれは、厳密にはサイコスリラーとかそういう類のものだったような気もするが。
「今から行かね? すぐ近くだしさ」
「マジかよ、もう日付変わったぞ」
「二時くらいに行くのはどうよ。丑三つ時っての?」
馬鹿馬鹿しい、変にパニックになって稽古に身が入らなかったら迷惑だ。知らないふりをして寝ようと思ったら、布団を捲られた。
「進道、行くよな? お前たしか霊感あるんだよな」
そんな大層なものではない。誰がそんなこと言ったんだ。そう言おうとしたその前に、周りが口々に囃し立てる。
「そうなの? 進道って見えちゃう人なの?」
「たしかコイツの出身地がさ、変な噂で有名なとこなの。鬼がいるとかなんとか。某県の山の中らしいんだけど」
「怖がるような話は何もない」
「ほら、怖くないんだもん、コイツ。慣れてるんだって」
勝手な解釈をされては困る。というより、鬱陶しい。けれども布団を取り返すほどの気力も残っていないので、そのまま背を向けて無視しようとした。
「なあ、進道が一緒に行ってくれたら安心するんだって。行こうぜ」
行かないほうがよほど安心だと思うのだが。

結局引きずり出されるようなかたちで、外に出てしまった。音楽プレーヤーを家に忘れてきたのは本当に痛手だ。あれさえあれば、保存しておいたラジオ番組を聴いてやり過ごせたのに。
「あそこらへんに家があったんだ。柵で囲ってあるだろ。マジで見たとか聞いたとかそういう話がありまくって、とりあえず閉鎖したんだって」
人の敷地に興味本位で入ってくる輩が大勢いれば、そりゃあ閉鎖もするだろう。自分も今その輩の一員になろうとしているという事実が、海にはとても不快だった。
「進道、行ってみろよ」
「嫌だよ。なんで連れてこられた俺が先に行かなきゃならないの」
「だって霊感あるんだろ」
あったからどうだというのだ。幽霊とやらを説き伏せたり祓ったりできると、本気で勘違いされているのだろうか。それは心霊特番と漫画とアニメの見すぎだろう。
ない、とはっきり否定しないのは、嘘を吐くのが面倒だからだ。一旦吐けば重ねて塗りつぶさなければならなくなる。つまりは霊感ともしかしたら呼べるかもしれないものが、あるにはあるのだ。しかし海の場合、それは地元でのみ働くはずの感覚である。
地元、某県門郡礼陣町には、鬼にまつわるたくさんの伝承と、本物の鬼がいる。それは本当のことで、けれどもわざわざ他人に話したりはしていないはずだった。
ただ、出身地を言ったら、調べられた。それだけだ。ネット上に転がっている噂の中には、自分の家のことであろうものも混じっていた。町の剣道場には鬼が住んでいる、と。誰だ、こんなことを書きこんだのは。根も葉もないと言いきれない分、余計に厄介だ。
「じゃあ、ちょっと行って写真撮ってきてくれるだけでいいから。写メって送ってくれればさ」
「だけ、じゃないだろ。勝手にやること増やすな」
ノリの悪い奴と思われてもいいから、布団に張り付いておくのだった。後悔しながら、結局柵に囲まれた場所へ向かうのだった。

その「心霊スポット」は、手入れが行き届いていた。柵もきれいで、暗い中だが落書きなどは見受けられない。周囲も草が刈られていて、荒れている様子はない。変な噂がある場所は往々にして荒らされるものだが、積極的にきれいにしておくことで、そういうことをする輩に手出しをさせないようにしているのだろう。土地の管理者の行動は正しい。
柵は木製、高さは海の胸くらい。向こう側を覗けるが、何もないようだった。柵で囲ってあるのに中身がないから、変な噂を呼んでいるのかもしれない。人間というものはある程度の想像力があって、ドラマが大好きなのである。それも自分の損にならない都合の良いドラマが。
とりあえず何もないことを証明しようと携帯電話のカメラアプリを起動し、かざす。カシャ、という電子音が響いて、画面に撮ったばかりの画像が表示された。
やはり何もない。でもこれでいいだろう、言われたことはやった。海は柵に背を向け、戻ろうとした。
途端、何かがぞわりと背中を撫でた。とても冷たい何かで。
振り向いても、何もない。ぽっかりと暗闇があって、柵がぼうっと浮かんでいる。その向こうもまた闇だ。さっきまでそうだったのだから、当たり前だろう。
何も感じなかったことにして、また歩みを進めようとした。しかし今度は、Tシャツの裾を引っ張るものがある。目をやると、手までちゃんと見えた。白くて小さい手だ。
無視できなくなってしまった。子供に優しい町礼陣出身、小さいものには弱いのだ。ことに実家の剣道場で小中学生の相手をしてきたおかげで、海は年下に気を配るのが当たり前になってしまっている。――その人柄にもよるので、優しくするのは当然ではない。
「……何」
囁くように声を投げてみる。すると細く高い声が返ってきた。
「にげないの?」
あの怪談話が事実かどうかはさておき、女の子がここにいるのは間違いない。
「逃げないから、用があるなら言ってごらん」
聞く耳を持つかどうかは別として。
もし無理な頼みでもされたら、聞かなかったことにしてすぐに逃げよう。そう思っていたのがわかったのか、裾を掴む手にきゅっと力が入った気がした。
「ボールがないの」
「ボール?」
怪談話の、あのボールか。女の子が死の間際まで遊んでいたという。そういえば、ボールがどうなったかまでは話に含まれていなかった。
ただ、ここを訪れるとボールの弾む音が聞こえるという話だったが、ないというのはどういうことだ。
「なくしちゃったの」
「どうして」
「わかんない」
生じた矛盾が気になって、逃げ損ねた。小さく細い声が、はっきりと聞こえた。
「おにいちゃん、さがして?」

幽霊を説き伏せたり祓ったりした経験はない。だからそれができると思われるのは勘違いだ。だが、海は人ならざるものと対話し、ときにそれが持つ「呪い」と対峙したことがあった。中学生のときはそれで三年間をほぼ潰したようなものだ。いや、もっと遡れば一歳のときからそういうものに振り回され続けてきた。家に厄介なものがいるのは本当のことだ。
それらと同じようなものなら対応できるだろうかと、小さな手を掴んで振り向いた。それと真正面から向き合うかたちになるが、屈んでみても、子供らしい姿はなかった。どうやらこれは手と声だけの存在のようだ。
「あのさ、探すなら昼間のほうが良いよ。夜は見えないから」
「おひるはおそとにでられないもん」
「普段はどこにいるんだ?」
「おうち」
「お家はどこ?」
「……」
ここに出るのだから、近くではあるのだろう。ここにかつてあったという家ではなさそうだ。なぜなら話が違うから。
この近辺には民家がある。そのどれかがこの子の家だ。手を掴んでいるから指し示すことができないのだと気がついて、放してやった。
小さな手の、小さな指が、ある家を指した。ビンゴ。
「わかった。昼間に、俺がボールを探して届けてあげるから」
「そとであそんだのばれちゃう」
「ばれたほうが良いんだ、この場合。とにかく今日はもう戻れ」
戸惑っているのか、手だけがしばらく彷徨っていた。しかしそのうち、ふっと消えた。いうことを聞いてくれただろうか。そうであれば、まだ何とかなるかもしれない。
携帯電話の画面、柵の向こうを撮ったその端に、丸いものが小さく写っていた。


「進道だけ感謝されてんじゃねえよ。偶然ボール見つけただけのくせに」
合宿のときに怪談話をしていた奴が文句を言った。冗談じゃない、先に行かせたのはそっちだろう。
あの翌日、昼食返上で合宿所を抜け出した海は、ボールを拾って目的の家に向かった。家の中からは薄汚れたパーカーに擦り切れてぼろぼろになったジーンズといったいでたちの女が出てきて、海の持ってきたボールを汚いものを見るように睨んだ。が、その視線は無視して、家に入り込んだ。ともすれば犯罪者として通報されかねなかったが、そんなことはまるで考えていなかった。
ただ、家の奥にいた女の子を。汚れた服を着て、体中痣だらけになり、痩せこけたその子をどうにかしなければと、それだけを考えていた。
礼陣という特殊な土地で特殊な育ち方をしたせいなのか、虐待をしていたのが母親だったからなのか、海の勘はすでに勘ではなく、確信だった。あの小さな手の主はまだ生きていて、けれども確実に死に近づいているということが、はっきりとわかった。実体ではない手を握って、話をするだけで。
間違いなら間違いでいい。子供が普通の生活をしているのなら、虐げられていないのなら、それで良かった。けれども確信は外れてくれなくて、結局、女の子は保護された。そう経たないうちに親戚に連絡がつき、ひとまずそちらに引き取られることになった。しかしそれで完全に解決、とはならないだろう。
地元では、子供を虐げた大人には人ならざる者たちの裁きがある。普通は起こりえないことが当たり前になっていて、だから人々の考えも「世間一般の当たり前ではない」。そのため自分の行動が、衝動的だったそれが正しかったのか、海にはわからない。
ただ、届いた手紙が。「お兄ちゃん、ボールありがとう」と書かれたそれが、あの子の生存報告であることは、きっと間違いない。偽物ならすぐわかる。
女の子の生霊らしきものと会ったことは、誰にも話していない。ただボールを見つけて持ち主を探していたら、偶然その家に行きあたったのだと説明した。貫き通せば嘘やごまかしも真実になるのだなと、身をもって知ることとなった。
「偶然ボール見つけられたのは、お前のおかげだよ。俺から感謝しておく」
「お……おう。そうか?」
怪談話を無視できなかったこと、あの場所に行くのを断れなかったこと。本当に全てが偶然だったのか、今更考えてもわからない。子供がこれからどうなるのかは少し気になるが、あの母親がどうなったのかはどうでもいい。
手紙には返事を書こうと、それだけを留めた。



続きを読む
posted by 外都ユウマ at 13:02| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする