2017年01月08日

終の話

「馬子にも衣裳とはよく言ったもんだな」と笑われるか、「似合ってるよ、綺麗だ」と微笑みつきで言われるか、どちらが耐えられないだろう。それぞれの性格をよく知っていれば、「そりゃどうも」とかわせるのだが。
「私、吉崎君にそんなこと言われたらショックで帰る。かといって綺麗だとか言ってくれる人でもないけど」
伸ばした髪を巻きながら、紗智が言う。その隣ですでに巻いた髪をさらに盛っている結衣香が、明るく笑った。
「さっちゃんには綺麗って言うんじゃない? そこまで言えなくても、似合うとは言ってくれると思うな。だってこんなに可愛いんだし」
ねえ? と投げかけた言葉を、やつこがキャッチして大きく頷く。こちらはちょうど支度が終わり、友人二人を待っているところだ。
橙色も鮮やかな晴れ着は、父が生前に娘に着せたいと願っていたものだそうだ。母が着ていたものを、丁寧に手入れして、受け継いだ。やつこが小学生になる前に亡くなった父だが、十五年後を見通す千里眼でも持っていたのか、晴れ着はまるでやつこのためにあつらえられたもののようだった。
「さっちゃんもゆいちゃんも綺麗だから、雄人も透君も感動するんじゃない? 二人の顔を見るのが楽しみだなあ」
「やっこちゃんもだよ。綺麗なんだから、今日は飲みすぎて人に絡みすぎないようにね」
「警察官が騒ぎ起こしちゃ世話ないし」
「くれぐれも気をつけます。……あ、ゆいちゃん、飛鳥兄ちゃんに写メ送らなくていいの? わたし撮るよ。さっちゃんもお姉さんに送るんだよね」
「完成してからお願いするね。どうせお兄ちゃん、あとで見るし」
「私もできてから」
先輩たちも通ってきた、礼陣の町の成人式。町に元子供たちが大人になって帰ってくる日だ。

「お、やっこじゃん。まさに馬子にも衣裳だな、とても心道館最強の称号を持つ女とは思えない」
雄人が予想通りの第一声を発してくれたので、やつこは予定通りに「そりゃどうも」という台詞と肘鉄をくらわせる。呻く雄人を紗智が心配そうに見て、結衣香は大笑いしていた。
「お前な、人の新品のスーツに何してくれるんだよ」
「そっちこそ何てこというのよ。お父さんが絶対に似合うって予言した晴れ着なんだからね」
「だから晴れ着は立派だって。宮川と志野原はその点、ガワと中身が伴ってて完璧だな。さすが北市女の大和撫子」
褒めているのだろうが、紗智は微妙な笑顔を浮かべていた。それはそうだろう、雄人は真っ先にやつこを見つけて、コメントをしたのだ。紗智と結衣香はいっしょくた。小学生の時から想い続けて、どうしてこんなに届かないものか。
もう嫉妬でやつこを逆恨みするほど子供でもないけれど、今でも悔しいものは悔しい。
「吉崎君は相変わらずだね。いつまでたっても子供っぽいんだから。それより鹿川君は? まだ来てないの?」
ちょっと呆れながら結衣香が尋ねると、それがさあ、と溜息交じりの声が返ってくる。
「待ち合わせの時間、間違って送ってて。十分後の予定だから、あと五分くらいで来るんじゃねえ?」
「バカじゃないの、雄人。何が連絡は抜かりないぜ任せとけ、よ。やっぱりグループでメッセージ流しとけばよかった」
剣道の試合になると人が変わったように真剣になる雄人だが、それはつまり普段は頼りないということだ。いや、紗智や後輩たちに慕われているから、全く頼りがいがないわけではないだろう。だが少なくとも、やつこにとっては残念な同級生なのだった。
「来ないわけじゃないんだからいいだろ。そんなに言うならやっこがもっと透と連絡とってれば。あいつ、オレと話してるときもやっこのことばっかり気にしてんだぞ」
「わたしは仕事が忙しいの。このご時世、お巡りさんが勤務時間中にスマホばっかり見てたら、すぐに問題にされちゃうんだから。この町の人ならまだしも、よその人に見つかったら大変だよ」
仕事を楯にごまかしたが、気にされているのが問題なのだ。結衣香と紗智の視線も刺さり、やつこは人混みへと目を逸らす。
待っている姿はまだ見えない。どこかで迷っているのかもしれない。彼は雄人と違ってしっかりものだが、混雑した場所は苦手なのだ。この田舎の生まれではなく、いくらか都会の隣町からやってきたというのに。
「本当に十分だけ間違えたの? もっと間違えてるんじゃないでしょうね」
「十分だけだって。だからさ、やっこはここで待っててやれよ」
「はあ?」
訝しんで振り向くと、にやにやする雄人と、合点がいったというように顔を見合わせて頷く結衣香と紗智。待ち合わせ時間を遅らせたのはわざとか、ということに思い至ったときには、三人はやつこを残して公民館へ向かっていた。
「ちょっと、それはないんじゃないの……ゆいちゃんとさっちゃんまで……」
裏切られた、とまでは思わない。たぶんこれは、雄人が透に気を遣ったのだろう。やつこの気持ちは棚か天井裏にでも放り投げて。こっちにはこっちの事情があるということを、わかっていないはずはないと思うのだが。
「まいったなあ……」
透と会いたくないわけではない。むしろ友人としてなら会いたい。直接連絡するのを避けていたのは、透に自分のことを自然に諦めてほしかったからだ。避けた時点でそれは不可能だということに、もっと早く気づいていればよかった。

そう待たずに、透はやつこだけが残る待ち合わせ場所にやってきた。「久しぶり」と挨拶を交わしてから、周りをきょろきょろと見回す。どうやらこの状態は、雄人単独での企みらしい。
「みんなはもう中に。たぶん席取っといてくれてると思う」
「もしかして待たせすぎた? やっぱりもっと早く出てくるべきだったかな」
「雄人が言った時間通りなら、問題ないんじゃない。わたしたちも早く行こう」
一刻も早く、二人きりの状況から脱したかった。何でもないように振る舞えたら、それこそ試合のときのような凪いだ心を保てたらいいのに、透を目の前にするとどうしても意識してしまう。
これが恋なんて可愛いもので済めばいいのだけれど、そうもいかないから困っている。詰めてくる距離を早足であけて、このまま遠ざかってくれればと願う。周りが思うより、事態は深刻なのだ。
「待てよ、やっこ」
「寒いからあんまり待てないよ。それにさあ、帯だけじゃなくて、内側にタオルとかいっぱい入れてるから重いんだよね。頭もこれでもかってくらい盛られたし」
「大変だな。でも、その恰好ってことは嫌じゃないんだろ。やっこなら、本当に嫌なことはしない」
背中を追いかけてくる言葉が刺さる。嫌なことはしたくない。それはやつこに残った我儘な部分で、大人になりきれていないところなのかもしれない。年齢を重ねて、この町に住む鬼たちが見えなくなって、それでもまだ自分が大人だとは思えない。
「……たしかに、嫌ではないよ。お父さんに見せたかった姿だもの」
「よく似合ってる。綺麗で、でもいつもの元気なやっこらしくて、遠くからでもすぐわかった」
「ありがと」
顔を見ずにした返事は、聞こえたかどうかわからない。予想通りの言葉に、予定通りの対応を。上手にできていただろうか。
「やっこ、全然こっち見ないな」
少し寂しそうな声は、聞こえなかったことにした。振り返れば絆される。その先には、きっと悲しい未来が待っている。
やつこは父を亡くした幼い日のことを、今でも鮮明に憶えている。「根代の家は男殺し」と言われるその通りになった、あの日のことを。

先に入っていった三人と合流してからは、昔と変わらない振る舞いができたと思う。透ともやっとまともに顔を合わせられた。いつも通りのやつこでいれば、友人たちも安心するだろう。
同級生との再会、先輩たちからのお祝いメッセージと、ちょうどよく忙しくなったことも良かった。成人式といえど、実際その日を迎えた自分たちは、まるで子供に戻ったようだ。
「雄人、海にいから来てるよ。あんまりはしゃぎすぎないように、だって」
「心道館にいた全員に送ってんのかな」
「志野原さん、着信ずっと鳴ってるけど」
「お兄ちゃんよ。心配性なんだから」
「ゆいちゃんのお兄さん、ぶれないよね」
いったいいつから大人になるのか、今日の様子を見ているとわからなくなる。先輩たちもそう言っていたことを、ふと思い出した。
「やっこちゃん。わたし、一回帰るね。お兄ちゃんがうるさいから」
「うん。あとでまた」
結衣香が式が終わってそう経たないうちに離れる。
「私も親戚のところに行かなきゃならないって。夜にまたね」
「さっちゃんもか。じゃああとでね」
紗智も行ってしまう。それなら自分も一度家に戻ろうか、と思ったとき、名前を呼ばれた。
「やっこ、もう行くのか?」
「ゆいちゃんとさっちゃんが帰ったからね。透君はせっかく帰省してるんだから、もうちょっとみんなとお喋りしてなよ」
雄人はまだどこかにいるはずだ。やつこのしらない、社台高校の同級生もいるだろう。
けれども透は、困ったように笑って、誘った。
「時間あったら、神社に行かないか。神主さんにも会っていきたい」
断る理由は、一つを除いて特になく、その一つは言葉にするのが躊躇われる。結局、神主に会うなら、ということで了承してしまった。
公民館から、商店街へ向かい、挨拶をしながら東に抜けると、礼陣神社に辿り着く。石段を上がった先の境内に、今日はいくらかの人がいた。大抵は顔見知りで、やつこたちの恰好を見て「もうそんな歳かね」と感心する。
「神主さん、やっこちゃんと鹿川さんとこの子が来てるよ」
参拝客に呼ばれて、神主がひょっこりと顔を出す。いつもの穏やかな笑みでこちらに手を振り、やってくるなりやつこの手を取った。
「やっぱり似てますね、七海さんと七瀬さんに。ムツさんにも」
「はあ……そんなに似てますか」
「透君も立派になって。勉強は進んでいますか?」
「学年相応に順調です」
にこにこと話す神主の向こうで、参拝客らが顔を見合わせている。「鹿川さんの子って、一人息子だったわよね」「一人は大変ねえ」と囁き合う声が、ここまで聞こえた。みんなやつこの家が、どういうところなのか知っている。
表情が歪まないように口の内側を噛む。聞かなかったふりをしようと決めた。
「一人だと何が大変なんですか」
だが、「ふり」は容易く崩される。
「ちょっと、透君。やめなよ」
「ひそひそされるの、昔から嫌いなんだよ。同級生だろうと年上だろうと関係なく」
気まずそうに俯いた人々を、透は構わず睨む。神主は苦笑いをしたが、止めなかった。
「で、何なんですか。大変なことって」
「ごめんなさい、変なこと言ったわね」
「根代さんのところは代々お婿さんとってるから、またそうするのかなって思ったの」
適当な言葉でごまかしているが、どちらにせよ透を指して言うようなことではない。やつこが無理やり笑いながら「そんなんじゃないですよ」と言おうとしたのを、しかし、透は顔色一つ変えずに遮った。
「知ってますよ。やっこがそうしてほしいって言うならそうします」
何がどこにかかるのか、判断するのに少しかかった。そのあいだに、噂をしていた人々は驚いたり感心したりしていて、認識はすっかり「透はやはり根代家に婿に行くのだ」ということになっていた。
「透君、何言ってんの。婿とかあんた関係ないし、わたしの意思は知らんぷりなの?」
慌てて割り込んだやつこに、透はしれっと答える。
「だったらその意思とやら、さっさと聞かせてくれれば良かったんだ」
「勝手にもほどがある! わたしがどれだけ困ったか!」
簡単に恋で片付けば、これほど困りはしなかった。関係を断ちたくはないから、自分からは突き放すことができず。けれども透の気持ちを受け入れれば――やつこだってしがらみがなければその選択ができた――根代家の歴史が繰り返されるかもしれない。
根代の家は男殺し。婿をとる家だが、その婿は長く生きられない。人間を捨てて鬼と成り、家を守るために力を使う。
「そんなに困らなくても、やっこがそうしろって言った通りにするのに」
「それが一番困るんだよ」
「俺は鬼に成るのもいいと思ってる」
「わたしはよくない」
一際冷たい風が肌をひっかいて通り過ぎ、我に返った。いつのまにか境内に他の人間の姿はなく、神主だけが立っている。
「二人とも、ちょっと温まっていきませんか」
いつだって何事もなかったように、彼はここにいる。

社務所でお茶を飲んだら、少し落ち着いた。せっかくの晴れ着をまだ家の「鬼さん」――父に見せていないのに、だいぶ崩れてしまった。正面では透が、神妙に俯いている。
「悪かったよ」
「本当。なんで今日に限って子供みたいな……ううん、この辺の子供より質が悪い」
昔はあんなことにならなかったのに。ほんの二年ほどで、何が変わってしまったのか。
「いつの時代も、根代さんちの痴話喧嘩は大変ですね」
「そういうのじゃないです。……お母さんやおばあちゃんのときは、喧嘩とかあったんですか」
やれやれどっこいしょ、と年寄りみたいなことを言いながら座る神主は、実際この町で一番の年寄りだ。見た目は若い青年のようなのに、長いこと礼陣の町を見てきている。そんな人がクスクス笑って、「ありましたよ」なんて簡単に言う。
「やっこさんは優しいですよ。ムツさんなんか薙刀持ちだして突きつけて、死ぬ覚悟はできてるのかい、でしたから」
「へえ、おばあさんすごい。やっこもそれくらいやればよかったのに」
「現代でそれはない。おばあちゃんの時代でもそうあることじゃない。ていうか、やればよかったのにって、透君ってば他人事みたいに」
やったところであっさり頷くだろう。鬼に成るのもいい、とはそういうことだ。やつこの家のことを知っていて、その上で告白してきたのだ。そういう人には、薙刀など恐れるようなものではないのだろう。
「七瀬さんはその点、平和でしたね。よそに嫁いだ七海さんを気遣って、穏便に済ませたようです。やっこさんのお父さんは鬼について詳細に知ってから七瀬さんに求婚したので、双方納得の上で家を継ぐことになりました。……実際にどうなるかは、そのときになってみないとわからないものですけれど」
「納得したつもりでも、お父さんが死ぬんだから、悲しんで当然です」
あんな思いをまたするくらいなら、大人にならなくていい。鬼の子として暮らし、成長するにつれて鬼が見えなくなってきてからは、その気持ちがより強くなった。人間として町のために何かをしようと決めて、やっと少し、大人になることを受け入れられるようになってきた。
だけど大切な人を喪いたくないという気持ちは、ずっとずっと残っていた。
「もう泣きたくないから、好きな人とかつくらないって思ってたのに。なのにさ、透君に告白されて、ぐらっとしちゃったんだもん。わたしが殺すのはこの人だなって思っちゃったんだ」
「すごい告白の返事をありがとう」
「……返事なのかな、これは」
殺人予告のような言葉を喜んで受けるような人は、他にいないだろう。やつこは苦笑し、それから神主に目配せをした。案の定、言いたいことはちゃんとわかってくれた。
「透君が生き残る方法もありますよ。根代家の家憑き鬼は私との契約で成り立っています。ただ、これは強固な呪いと同じで、私でも解けないものです。そのかわり私の力が及ぶ範囲内でしか効果を発揮しません。もしもあなたがやっこさんを攫って礼陣を出て、そのままこの地に近づかないのであれば、長生きできる可能性もあります」
やつこの母の双子の姉である七海は、礼陣から出て嫁ぐことで、この連鎖から外れている。そういう方法もあったのだ。
しかし透はすぐに首を横に振った。
「やっこの故郷はここで、俺は礼陣神社を何とかするために勉強してるので、よそに行くという選択は今のところないですね」

水無月呉服店で直してもらった着物を、「鬼さん」の部屋の前で披露する。扉の向こうに、この姿は見えているのだろうか。
父は、喜んでくれているだろうか。
「まだ全然大人になれてないし、この先どうなるのか見通せるような目は持ってない。でもね、鬼さん。わたし、諦めるのはやめたんだ。神主さんが解けない呪いを和らげているものがあるなら、うちと神主さんの契約とやらも、解除する方法があるんじゃないかって思う。わたしは、それを急いで探す。だって守られてばっかりは、性に合わないもんね」
反対されても前へ突き進む姿勢を、大人を理由に捨てることもない。忘れかけていた気持ちを、町中を駆けまわっていたあの頃の自分を、取り戻してみよう。



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posted by 外都ユウマ at 18:02| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

文章収納しました

サイトギャラリーに12月のお話収納しました。

「鬼の町で縁を結べば」
礼陣群像劇200話目です。
やつことよそから来た子。外部掲載の「えんむすびちゃん」の主人公です。
今年のラストにはちょうどいいかな。

来年の見通し立ってませんが、何かしら書き続けたいです。
posted by 外都ユウマ at 18:22| Comment(0) | 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

2016年作品鑑賞まとめ 文芸作品編

今年の作品鑑賞まとめ、後編は「文芸作品編」です。今年新規で読んだ冊数は52冊、再読を含めても81冊と、昨年よりも読むペースがゆっくりになり、少なくなりました。しかし内容が濃かった。「ものをつくり届けるということ」に意識を向けた時期があって、全く別の作品同士を重ねて読むことがありました。映像作品と合わせて、「仕事観」に影響があった年かもしれません。
その中からいくつかご紹介。「私が今年楽しんだ作品」です。著者敬称略お許しください。


『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午)
前置きとは別の方向から。弟に貸してもらった作品です。薦められなければ絶対に読まなかったであろうジャンルでしたが、だからこそ終盤に驚きました。
任侠、探偵、性と様々なことに首を突っ込む主人公に、私は全く好感が持てなかったのです。やってることが最低で、そもそも犯罪で。
ですが頭の中で描いていたもの(私は読んでいるものを想像でアニメやドラマとして再生する癖があります)が、終盤に来て一気に描きかえられる、小説という媒体ならではの構成にはしてやられました。
人によるのでしょうが、文庫ラスト70ページの技が面白いです。……と言ってしまうのもネタバレかも。
弟曰く「絶対に最後からは読むな」。他にも歌野さんの本貸してもらいましたが、単純に話の好みでいえば『春から夏、やがて冬』が好きではあります。

『ランチ探偵』『ランチ探偵 容疑者のレシピ』(水生大海)
同じ作家さんの作品ばかり一気に集めて読む「祭り読み期」が度々訪れます。今年は水生さん作品がそれでした。(過去に香月日輪さん、村山早紀さん、坂木司さん、堀川アサコさんでやってます)
そのちょうどいいタイミングで『ランチ合コン探偵』が文庫化&続編刊行。嬉しや!
不動産会社勤務のOL、彼氏探し中の麗子さんと超ミステリーオタク(?)ゆいかさんが、お昼休み+時間有給の二時間で合コンをして相手の話す謎を解き明かす。メインとなるミステリーは人間の心理に重点が置かれているのかしら、私が内心抱えているあれやそれまで暴かれそうで楽しい怖さ。鋭い観察眼をもつ容赦のないゆいかさんと、ときに行き過ぎる彼女を抑えつつ最終的には同じ思いに辿り着くこともしばしばな麗子さんのコンビは絶妙です。
加えて毎回登場する料理の数々、唾液腺が刺激されるんですよね。どれも美味しそうで。『容疑者のレシピ』の肉が特に良い……肉食べたい……ビールと一緒に……。

『少女たちの羅針盤』(水生大海)
続けて祭りいきます。こちらはデビュー作、の私が読んだのは文庫版です。読んでいるものを脳内映像再生する私の癖を、素直に怒涛に衝撃的に発揮させられた作品でした。
私は「少女」が好きです。その時代にある儚さと図太さ、純粋さと残酷さにぞくぞくするのです。
本作では演劇に情熱をかけ、しかしボタンの掛け違いとすれ違いが重なって崩れていく少女たちの物語と、過去の罪を暴こうとする存在に脅かされる女優の物語が並行し交差します。この構成もすごく好き。次に彼女らを待ち受けるものは? 罪を犯したのは誰? そして「死んだ」のは? 人の心のどろどろとした部分が明らかになっていくごとに、息を呑んでは吐き、涙しました。
キャラクターも魅力的です。四人の演劇少女が織りなすバランスが美しく、それが崩れていく様に興奮しました。
続編である『かいぶつのまち』は、こちらを踏まえるとところどころで切ない気持ちにさせられます。

『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』(紅玉いづき)
先述の通り、私は少女が好きです。加えまして少女たちの痛みを伴う執着と成長にも心惹かれます。こちらの作品にはそんな少女の魅力を年初めから見せつけられました。
舞台は少女サーカス、主人公たちは曲芸子。演者であり人間の少女としての覚悟、愛、執着が咲き誇る花のように艶やかに描かれています。少女の世界の残酷さと舞台の世界の華やかな闇に震えました。
歪に真っ直ぐな少女たちの物語で、私が最も心惹かれたのは猛獣使い「カフカ」の章でしたが、おそらくここに学校という要素と個人への執着があったからだと思います。華やかさの裏を知ってなおも人形であり続けた「チャペック」が特に好きです。
花の命の彼女達に拍手喝采。Twitterがきっかけで出会った物語でした。良い出会いだった。
こういう出会いができるということは、感想は違えど、好みの傾向は似通っているんでしょうね。

『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)
ところでこういう少女も好きですよ。時は黒船来航のさなか、弱小藩野笛藩から大奥の部屋子となった少女イチゴの目的は、座敷童子を探すこと。可憐かつ勇気と逞しさを見せるイチゴちゃん、肝の座り具合はやはり堀川さん作品の女の子ですね。
予言村シリーズの奈央ちゃんも『三人の大叔母と幽霊屋敷』で好奇心そのままに突っ走っていくスーパーヒロイン(ヒーローかも)の様を見せつけてくれてとても好きです。
話は戻って『大奥〜』は、私が今まで知識として知っていた大奥とは別の側面を見せてくれる作品でもあります。双六遊びの場面などはコミカルほのぼの大奥。ですが読むにつれその裏に不文律と怪談、そして女の情念執念をたっぷり感じられるので、それがまた良い。座敷童子という不思議と政治を裏で操ろうとする大奥の女の思惑のリアルさが同居しているあたりが、私が堀川さんの作品を好きな所以の一つです。

『人生はアイスクリーム』(石黒敦久)
私、おじ姪も好きなんですよ。この距離感が最高です。こちらの作品、翻訳家の宗太とその姪ジルの物語なのですが、ただ叔父と姪が仲良しなだけじゃないです。SFであり、私の生き方のサイクルみたいなものを言葉にしてくれた作品なのです。
読むこと、書くこと、食べることで生活の永久機関ができる、というところに私がすとんと落ちました。まさにそうやって生きているじゃないか、としみじみ感じる。読書は体験だけれど、読む人が解釈することによってその本がもつ元の意味は一旦「殺される」。けれども読書は孤独な行為で、人によって「殺し方」が違う。それがとても納得出来てしまったのでした。
SFと死生観、人生観が程よくミックスされて心地よい。続きを読むためにもう少しだけ生きてみる、の積み重ねで生きている。私が抱えていたものが言語化されたと思いました。変な言い方ですが、私が死にたいと思ったら手を伸ばす作品です。

『小説の神様』(相沢沙呼)
そして、必死に書いて生きる人がいる。自分の世界を愛し、大切にし、断絶を見たときに猛烈な痛みと苦しみに襲われながらも、言葉を物語にして誰かに手を伸ばそうとしている人たちがいる。
こちらの作品には「ものづくり」をして発表していく全ての人の心の叫びが込められているような気がします。
私は趣味で物書き遊びをしているだけの一般人ですが、雨のように降り注いでくる主人公一也の感情が、一端でも通じてしまって、だからこそ彼の作品を好きな人たちの言葉のうわべじゃない優しさに場所を気にせず号泣してしまいました。人の優しさに触れるたびに心は動いて、それをくれるのが小説で、誰かの言葉に誰かが救われる。それが染み入ってたまりませんでした。今年一番泣いたかな。
昨今の出版事情や本の流通事情については、この作品に触れる前に情報が色々と入ってきていました。これはお話の中だけのことじゃない、としみじみ思い胸が締め付けられました。
けれども幸せな未来を望み目指すからこそのこの作品だと思います。ああ作中作が読みたい。こちらもTwitterで出会えた作品です。

『桜風堂ものがたり』(村山早紀)
誰かが言葉にした思いを、届ける仕事があります。悲しい涙ばかりではなく、幸せな気持ちを人々に届けようとする、「本を巡る人々」がいます。こちらの作品はそういう書店員さんの物語。そして届けたいものや伝えたいもののために、日々を頑張る人々へのエールでもありました。
一冊の文庫新刊を見出しながらも長く働いた書店を去ることになった主人公一整君。その気持ちを受け継ぐように、しかしながら自分たちでも作品に幸せを見た書店員一同が本をより多くの人々に届けるために動く。そして一整君も新たな居場所(と書いて書店と読むのかな、彼の場合)に辿り着き……。という、まさに希望と情熱にあふれた「リアルな」書店員さんたちの物語です。
みんなが「この本を売る」という強い意志を持って行動している姿が、ちょうど作品を読み始めた頃になげやりになっていた私に、糖衣の薬のような効果をもたらしてくれました。
「命を生きること」、響きました。情熱を遠巻きに見ていた私の背中を叩いてくれました。
大きな絵に淡い絵の具を塗り重ねるような、多角的で層の厚い構成が好きです。彼らの続きを楽しみにしています。

『活版印刷三日月堂 星たちの栞』(ほしおさなえ)
こちらは思いを、人に寄り添い共に形にしてくれるお仕事。心に思いを抱えているけれど、それを上手に出すことが難しい人々の気持ちを、その人の物語を、活版印刷という影にして残してくれる。そんな川越の印刷所「三日月堂」を巡る作品です。
ごく普通の人の記憶や想いに優しい目で焦点を当て、印刷所の弓子さんと関わって語られる、自然に沁みていく物語。全編通して「喪う切なさ」が漂っていても、それでも悲しくはなりませんでした。『小説の神様』風に言えば「人間が書けている」のだろうし、『桜風堂ものがたり』の「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません」がこの作品にもしっくりくる。なんだか今年触れたたくさんの物語の総括のようだなと思って、今年の鑑賞文の最後に持ってきました。登場する少女たちの心の機微も良かったのです。少女以外の登場人物ももちろんですよ。
肉体の死と解版された活版、残る思いと残り続けるインキと活字の影の対比がとても美しいのも良かった。『銀河鉄道の夜』を何度も読み返した一人としても感動しました。伏線が全体を通してパズルのように組み上がっていくので、ミステリーのような読み方もできて面白かったです。


今年は以上を選んでみました。好みが非常にわかりやすく出ただけに、絞るのが難しかったです。おじ姪なら『魔法使いのハーブティー』(有間カオル)も良かったしなあ。厳密には先生と弟子だけど。お仕事ものは流行っていたこともありましたが、積極的に読んでいました。
何のためにやって誰の役に立つのか、という自分の仕事への迷いを読書を通じていくらか切り拓くことができたと思いますし、また環境が目まぐるしく変わって疲れてしまい生きるのをさぼろうとしたのを読書によって動かせたこともあります。
今年の読書のテーマは「生きること」と「情熱」だったかもしれない……と、読書ノートを見返してみて思った次第です。
来年も、たくさんの素晴らしい作品に触れ、こうして「好き」を書き散らすことができればいいですね。そのためにもうちょっとだけ、生きるのを頑張ってみてもいいかなと思えるのです。読んで、書いて、それからちゃんと食べなくては。これって入力と出力と充電だなあ。なんて。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
posted by 外都ユウマ at 21:31| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年作品鑑賞まとめ 漫画・映像作品編

2016年も暮れですね。年をとると時間が経つのがあっという間ですね。
こんにちは、外都ユウマです。すっかり年末恒例となりました「作品鑑賞まとめ」、今年も「漫画・映像作品編」と「文芸作品編」の二部構成でお送りします。

こちらは「漫画・映像作品編」ですが、昨年までとは少々趣向を変えます。今年は何せ、映画やドラマやアニメに強い衝撃を受けた年でした。
今年公開された映画でまだ見ていないもの(田舎なもので……)もたくさんあるので、それは来年のお楽しみにしておきます。ひとまずは今年のお楽しみを。
「私が今年楽しんだもの」ということで、とっくに有名な作品ばかりです。作者敬称略お許しください。


*漫画編*
今年は漫画から。噛めば噛むほど美味しい四作品。

『ゴールデンカムイ』(野田サトル)
言わずもがなですね。サバイバルとかグルメとかアイヌ文化とか、注目度が高い作品だとは知っていましたが。
まさか私好みの変態がこんなにいるなんて最高ですね。さっそくすみません、遠巻きに見て面白い分にはある種の変態はとても好きです。そもそも友人から作品を薦められたときに「殺人鬼がいっぱい出る」ということで、面白そうだとは思っていたのです。
先に挙げた人気のポイントももちろんですが、私はとにかく多種多様な変態が見られるところが好きですね。あとアシリパちゃんかわいい。変顔含めてかわいい。かっこいいおっさんたちも良いです。

『蟹に誘われて』(panpanya)
今年出た新刊『動物たち』と以前に読んでいる『枕魚』が面白かったので、既刊ですが入手できていなかった本作にもやっと手を付けました。
描かれる街並みのリアルさと、不思議な造形の動物たちや人物(?)がシュールで、眺めているだけでも気持ち良くなります。この発想はどこから、そしてどこへ向かうのか……と息を呑み舌を巻きどうやって呼吸していたのか忘れます。
あまりぎゅうぎゅうに建物が詰まった場所を歩く機会はなかったはずなのに(せいぜいが学生の住むアパート街でしょうか)なんだか懐かしくなるのです。

『とつくにの少女』(ながべ)
少女シーヴァとせんせの暮らしと、分かたれた世界の謎が絵本のように描かれている、とても美しい作品です。せんせの造形がとても好き。シーヴァをせんせがとても大切に思っていることが切なくてさらに好き。
絵のタッチから物語、大人と子供の関係までも、丸ごとストライクでした。
このまま動き出しそうですよね。きれいな音楽か草木や風の音をつけて、アニメにしながら読んでいました。どんな展開でもただ静かに見守っていたい。
シーヴァはもちろんのこと、せんせをはじめとする人外のかたちをした者たちもかわいい。

『雨水リンダ』(HERO)
手芸部が作りだした「人形」は、心を持っていた。HEROさんの描く甘酸っぱさと苦みのある青春が好きで、特に本作は怪奇の要素が加わっているとても好きなお話。手元にあるとついつい読み始めます。読んだ瞬間「今年のまとめで書こう」と即決めました。
いつか壊す人形だけど、心があって、部員たちと仲良くなって。部員たちの抱えているものも少しずつ明らかになって。雨子を囲むもだもだ青春にときめきます。
「上手に言葉にできない」と言う三上に一番共感しているかもしれない。誰かしらに「ああ、そんなこともあったなあ」と思えるキャラクターが魅力です。

人外祭りですかね。ここまでバケモノじみた人とか人じゃないものとかばっかりでしたがそういうこともありますよね。


*映像編*
趣向を変えたのはここからさらに暴走するからです。とにかく熱い一年、そして怒涛の秋アニメでした。

『舟を編む』
三浦しをんさん原作の小説が、秋クールのアニメとして放送。原作、実写映画、アニメと全て観ました。ご存知、辞書をつくる物語です。
原作は章ごとに視点を変えながら展開されていて、辞書作りにかける各々の情熱が、しかし押しつけがましくなく描かれています。笑えるところもあって、読みやすく沁みやすい。
映画は観たのが随分前なのですが(原作は今年やっと読んだところ、映画はDVDになってすぐの頃に観てました)しっとりした恋愛と時の流れが丁寧に表現されていて、ああ好きだな、と思った記憶が。
そしてアニメ。西岡さん大活躍のアニメ。原作との違いは西岡さんの活躍が多いところかな……他にもいろいろありますが、アニメとしての演出はとても良かったと思います。じしょたんず可愛い。
それぞれの表現の仕方が楽しめる作品であり、映画とアニメは原作の言葉を掴んで解釈したものですから違った味わいがあって、私はどれも好きです。いずれもキャラクターが立っていますし。

『ユーリ!!!onICE』
ここ何年かフィギュアスケートは、とくにグランプリシリーズは観るようにしてます。緊張感のある試合から選手同士仲が良いオフショットまで、チェックできるだけしていたのですが。
それが今年は二重にあったような気がします。リアルと変わらないほど熱いアニメでした。
最初の印象は「尻を出し惜しみしないアニメ」だったんですが、氷上でのシーンが増えるにつれてわくわくしました。見てるとキャラクターも魅力的なんだよなあ。タイのSNS狂王子様が特に好きです。
そしてストレートに描かれる愛。見ていて「腐向け」だとかそういう印象は持たなくなりました。表現過剰だとしても、これはアリだよねと。別に愛が男女間でしか存在しないものでもなし。
演技シーンのアニメーションには引き込まれました。本物の試合見てるときと同じテンションで喜んだり落ち込んだりしましたからね。転倒があればハッとするし、素晴らしい演技には拍手を送る。そういう観方ができて楽しかったです。

『地味にスゴイ! 校閲ガール河野悦子』
秋は連ドラもすごかった! こちらも原作と合わせて楽しみました。えっちゃん見ると次の日元気に仕事できるんですよ。感化されやすいので。忙しい時期だったのもあって、毎週えっちゃんに会うのが楽しみでした。
原作も読んでいて気持ちいいです。ズバッとはっきりものを言うえっちゃんは見ていて爽快。ドラマはもっとたくさんの人を巻き込んで、普通ではどう考えてもありえないことでも「えっちゃんなら」で頷けてしまう。恋愛パートもときめきました。その上で夢に向かう、仕事に向かうという結論、良かったなあ。
周りの人たちの描き方もとても好感が持てて、今期の特徴なのかしら、悪役ってほぼいないんですよね。それが「見ていて元気になれる」秘訣なのかも。
原作えっちゃんは仕事のできる女としてかっこよく、ドラマえっちゃんは新人として一生懸命で可愛く(でもやっぱり能力は高い)どちらも私は好きです。頑張って仕事しよう。

『シン・ゴジラ』
映画、二日連続で同じものを二回見たの初めてです。そして事前のある程度のネタバレがなきゃ、たぶん中身を理解するのは難しかった。怪獣映画としての迫力はもちろん、仕事を頑張って確実なものにしていく人々の物語でもあるので、好きな部分はえっちゃんと似てるかもしれません。どっちも石原さとみちゃんだし。
前情報を仕入れていってもいい意味で裏切られる。ひたすら続く会議には思わず笑ってしまいましたが、あれが現実に近いのかしら。
未確認巨大生物第二形態は可愛いという噂を聞いて期待していましたが、期待以上の可愛さでした。ぶるんぶるんするエラとまんまるで大きな目、未分化の手部分。ドツボってああいうのを言うんですね。あと第四形態の顎が三方向にかぱっと割れるのもかなり好きです。レーザーもロマンを感じてしまう。燃え盛る炎の中のゴジラはぞくぞくしました。
対処のために多くの人が動く、きっと映っていないたくさんの人々が作戦のために働いたであろうことなど、想像すると胸が熱くなって泣きそうでした。日本人って「仕事」できるんだなあ。
現実と浪漫の両方を存分に楽しめた映画でした。大きなスクリーンで見られて良かった。


「漫画映像編」は以上です。私にしてはだいぶ興奮しすぎました。しかし今年は映画豊作でしたね。『君の名は。』も観ましたよ。ただ一回しか見てないのでちゃんと把握ができてないんです。
今年上映で観てないもの、来年上映予定のものを、次のまとめでお話できることを願って。漫画も今年は読んだわりにちゃんとまとめきれていないので、来年はどんどんいいものに出会っていきたいですね。
漫画の山が溢れるのが先かもしれませんが……。整理したら大きい棚埋まりましたよ……。
人外と頑張る人々が好きなのが滲み出ている今年のまとめ、その色を引きつつ文芸作品編に続きます。
posted by 外都ユウマ at 21:19| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

鬼の町で縁を結べば

年の瀬の礼陣駅前交番は、だからといって急に忙しくなるということもなく、やつこにとっては至って穏やかなものだった。先輩などはみかんを食べながらラジオを聴き、「北市女大の子はお淑やかなだけじゃなくて声まで可愛いよね」と嘯いている。
「でもやっぱり、夏までパーソナリティーしてた四年の子が好きだったなあ、僕は」
「千花さんのことだったら、正式にラジオ局のアナウンサーになるって噂です」
「じゃあ、そのうちまた声が聴けるね。楽しみだなあ」
間延びした口調と全体的に丸いフォルムが特徴の先輩だが、礼陣で生まれ育ってこの町の事情にも詳しい、頼れる人なのだということをやつこは知っている。今はみかん食べてるけど。これで三つめだけど。他にもこの交番に出入りする警察官はいるけれど、やつこの教育係ということもあって、一緒にいる時間が長いのはこの人だ。
「十二月って、よそは大変だって聞きますよね。イベントが多いからかな」
「十二月に限らず、この町が平和すぎるんだよねえ。高齢者を狙った詐欺とかも被害は少ないし。空き巣は物を盗む前に転んで気絶するし」
後者は鬼の仕業だな、というのが礼陣駅前交番に勤務する人々の見解だ。こういう結論になってしまうのが、この礼陣という町なのだ。事情を知っていなければ、上手に安全を守ることはできない。
礼陣には鬼がいる。不思議な力を持った、普通の人には見えない存在だ。だが町全体がその恩恵を受けていて、人々はその存在を信じている。よそから来た学生すらも、いつのまにか地元の人間にその存在を刷り込まれるのだから、見ようによっては恐ろしいかもしれない。けれどもやつこや先輩が生まれ育ってきたのはそういう環境で、研修などで外に出る機会でもなければ、それが世間一般の常識からかけ離れたことであると意識せずに過ごしてしまう。
よそから見れば「礼陣は特殊な土地だから、地元のやつしか勤務できない」ということらしく、この交番にもなかなか新しい風は入ってこない。吹き込むのは冬の乾いた風ばかり。
しかしそうかと思って油断していれば、まったく予想もしない訪問があることも、ときどきはある。

「すみません、道を尋ねたいんですが」
交番の戸をからからと開け、見たことのない女の子がこちらを覗き込んだ。結って肩から胸におろした髪には朱色のシュシュ。もう片方の肩にはオフホワイトのボストンバッグ。
初めて見る顔というだけで、この町ではすぐに山の向こうから来たのだとわかる。加えて道を知らないとなれば、大抵は旅行者だ。それにしても、少々時期がずれていると思うが。
「はい、どちらへ? 寒いでしょうし、話は中で聞きますよ」
近付いて分かったが、身長はやつこよりほんの少し低い。それこそ先ほど先輩と話題になった「来年アナウンサーになる千花さん」に雰囲気が似ている。
「可愛いねえ」
先輩のそんな呟きが聞こえたような気がしたが、たぶんラジオにだろうと思って知らないふりをする。もちろん、目の前のこの人も、十分に可愛いが。
「先輩、わたしお茶淹れるんで、対応を」
「いや、僕がお茶淹れてくるよ。やっこちゃんのほうが話しやすいだろうし」
それは助かる。やつことしても、先輩以外の人と話をしたい気分だった。女の子を座らせて、自分も椅子に座り直す。
「ええと、道ですよね。どこに向かわれるんですか?」
「……神社に。礼陣神社を探しに来ました。鬼だか神様だかがいるって、噂を聞いて」
やつこが尋ねると、女の子は微笑みを浮かべてそう言った。後半のほうは少し言いにくそうだったけれど、ここではなんでもない理由だ。
「神社は駅の裏の商店街を、東側……入口をくぐったところの右側の道を真っ直ぐ行くと石段に辿り着くので、その上です。商店街までご案内しましょうか」
礼陣の町のシンボルともなっている大きな鳥居は、駅からでも見ることができる。けれども実際にどう行けば辿り着くのかは、歩いてみないとわからないだろう。旅行者にはよくあることだ。
「駅の裏ですね。ありがとうございます。自分で行ってみます」
「あと、鬼はいますよ。ここで鬼って呼んでるだけで、まあ神様に近いものかなとわたしは思ってます」
やつこが言い添えると、女の子は目を丸くした。まさかこちらにまで回答をもらえるとは思っていなかったようだ。やつこたちにとってはいつものことだが。
「神社にいます。もしかしたら寒くて引きこもってるかも。若い人間の男の人みたいな姿なので、会うだけじゃなかなか信じられないかもしれません」
「男の人……ですか」
女の子が小さく息を吐く。それから少し迷ったような表情を見せて、先輩がお茶を持って来ると同時にまた口を開いた。
「女の子は、いませんか。小さな女の子の神様。手のひらにのるくらいの……縁結びの神様は」
意を決したような顔と口調に、今度はやつこが驚く番だった。

縁結びの神様が礼陣にいる、という話は聞いたことがない。鬼はあらゆる物事をできる限り叶えようとするが、それは明確な役割を持っていないということでもある。しいていうなら、子供を守る神様だ。彼らは子供を最優先する。
縁結びに興味がありそうな鬼は、話だけならやつこもいくらかは聞いていて、心当たりがないでもない。けれどもよそにまで名を轟かせるほどではなかったと思うし、「手のひらにのるくらい」という条件には当てはまらない。
そもそも女の子の言う神様は、あまりに具体的だ。
「沙良ちゃんなら知ってるかも……だけど、まだ学校の時間か。神主さんに直接聞いてみるしかないかな、これは」
「あ、わからないならいいんです。ここは神様がいるって話を聞いたもので、そういう子もいないかなって思って」
いたとしても、この人に見ることができるのだろうか。いや、具体的な特徴は知っているから言えることだ。特別な能力を持っている人はたまにいるから、そういう人なのかもしれない。
「……変だと思わないんですか、私の話」
女の子が今更訝し気にやつこを見る。
「思わないです。この町は鬼がいることが常識だし、わたしも昔は見えたので。あなたもそういうのが見える人ですか?」
笑顔で尋ねると、女の子は首を捻る。
「見える人、とはちょっと違います。その神様とだけ、ほんの一時期交流があったんです。私の願いを……縁を結んでくれた、小さな神様で。三つ願いを叶えたら、その人の前から姿を消すという約束があって。私は偶然、その子と会ったんですが……気がつけば、もう随分と昔の話ですね。小学生の頃です」
こちらがこの手の話を解するとわかって安心したのか、女の子はすらすらと話してくれた。条件から鬼ではなさそうだと、やつこは判断する。そもそも礼陣の鬼は礼陣から出られないので、山の向こうから来たであろう彼女と面識があるはずはない。
けれども捜し人、いや捜し神には協力したかった。その縁結びの神様とやらがこの辺りを訪れている可能性はゼロではない。鬼の長である神主なら、鬼以外の「人ならざるもの」とも接点があるはずだ。このまま「神社の神主さんに訊いてみればいいですよ」と送りだすこともできるが……。
そわそわし始めたやつこに、先輩は笑って言った。
「いいよ、やっこちゃん。その人案内しておいで。この件は明らかにやっこちゃん向きだ」
「ありがとうございます!」
先輩に向かって勢いよく頭を下げたやつこに、女の子は驚いたようだった。けれどもやっぱり面白かったのか、クスリと笑った。


女の子が、戸田ひかりといいます、と名乗ったので、こちらも根代八子ですと返した。聞けば同い年だというので、商店街入口に差し掛かった頃には、もう「ひかりちゃん」「やっこちゃん」と呼び合っていた。
「やっこちゃんは高校生まで鬼が見えてたんだ。いいなあ、交流が長くて」
「鬼とだけね。ひかりちゃんは、本当にその……えんむすびちゃん、と会ったのは一度だけ?」
「うん。三つめの願い事を叶えてもらってお別れしてからは、一度も会ってない。それに私にだけ見えてた存在だから、人に話し難くて。唯一話して信じてくれた近所のおばあちゃんは、先日亡くなったし」
白い息が空気にとけた。だからかな、というひかりの声とともに。
「知ってる人がいなくなっちゃったから、本当にいたんだってことを確かめたくなったのかも。ネットで色々探して、辿り着いたのがこの町だった」
「……でも、ここは」
「そうだね、やっこちゃんの話聞いてわかった。ここには鬼しかいない。だからえんむすびちゃんはきっといない」
縁結びの神様、呼び名をそのまま「えんむすびちゃん」。どうやら神様本人がそう呼んでほしいといったらしい。縁を結ぶという方法で人の願いを叶える、手のひらサイズの可愛い神様。
やつこには全く心当たりがないが、でも。
「立ち寄った可能性はあると思う。神主さんのところ、たまに鬼以外の神様が来るみたいなんだ」
ひかりの記憶にあるのなら、えんむすびちゃんはいたのだろう。そして今でもどこかにいる。この町じゃなくたって、世界のどこかには。
「ありがとう。でも、会えないなら会えないで、それも仕方ないって思ってるから。あの子はきっと、誰かの縁を結ぶのに忙しいの。ちっちゃくても神様だもの」
にこ、と笑ったひかりは、髪をまとめているシュシュに触れながら続ける。
「あの子の結んだ縁、すごいんだ。私は親戚でもないのに、おばあちゃんの最期を看取ることができた。小学生の頃に片思いしてた男の子とは、今でも仲の良い友達で、大学も同じ。おばあちゃんの家の近所の人たちは、会えば声をかけてくれる。お葬式もそんなに困らなかったな、みんながおばあちゃんのためにって集まったから」
永くて良いご縁でしょう、と誇らしげに胸を張るひかりに、やつこは頷く。えんむすびちゃんの力は本物で、それからひかりの人との縁を大事にする気持ちも大きいのだと感じた。
商店街の東端が近づき、和菓子屋とその向こうの石段が見えてくる。あそこ、とやつこが指さして示すと、ひかりはそれを確かめてから、視線と上へと向けた。大きな鳥居が迫っている。
「赤くないんだね、鳥居。黒?」
「濃い深緑なんだ。昔からそうだったのかはわからないけれど」
へえ、という返事に、明るい電子音が重なった。ひかりが自分のポケットから慌ててスマートフォンを取り出し、やつこに「ごめん」と告げてから呼び出しに応じた。
「はい、戸田です。……あー、うん、今日は休んじゃった。申し訳ないんだけど、あとで弘樹君のノート見せてくれるかな。後で詳しく話すけど、調べた町に来てみたの。もう神社の目の前」
通話を聞くのは悪いと思ったが、やつこの耳にも「本当に行ったの」という声が聞こえた。どこか呆れたような、しかし諦めてもいるような。
「なんだか落ち着かなくて。大丈夫、ちゃんと帰るから」
それから何度か返事をして、ひかりは通話を終えた。やつこに困ったように笑ってから、「さっき言った男の子」と教えてくれた。
「付き合いは長いし、えんむすびちゃんのこともちょっと話したことがあるんだけど、こっちはおばあちゃんと違って簡単に信じてはくれなかったんだよね。二人ともファンタジー小説が好きだったからかな、本の話と混同されてるみたい。私と一緒にこの町のことを調べてくれたけど、たぶん、おばあちゃんがいなくなって寂しがってる私を放っておけなかったんじゃないかな」
昔から優しい人だから、と言いながらも、ひかりはどこか残念そうだ。自分のほかにあともう一人、あの神様の存在を信じてくれたらいいのに。そう思っているのはすぐにわかった。やつこも一時期礼陣を離れていたときに、似たような気持ちを抱いたことがある。
「でもここにはやっぱり来るべきだったんだよ、私は。来なくちゃ、やっこちゃんに会えなかった。これも縁だよね」
「そうだね、これも縁だ」
もしかしたらあの子が導いてくれたのかも、と少し声を弾ませて、ひかりは石段を上り始めた。

境内は静かなものだった。まだやつこに鬼が見えたなら賑やかだったのかもしれないが、今では気配も感じられない。寒々しい境内は、しかし、初めてここに来たひかりにはどのように見えているのだろう。
「思ってたよりちゃんとした神社だね。設備とか」
「昭和後期に直したものや新しく作ったものもあるよ。できたばかりの頃は、鳥居とお社だけだったみたい。神主さんはたぶん社務所にいる」
「待って、やっこちゃん。ちゃんとお参りしたいな。せっかく来たんだし」
そういえばやつこも、しばらくきちんとしたお参りはしていない。ひかりと共に冷たい水で手と口を漱ぎ、拝殿に向かった。
拍手を打って、手を合わせていると、鬼たちと交流があった頃のことを思い出す。ひかりは何を思っているのだろう。ちらりと横顔を見たけれど、さすがに心を読むことは今も昔もできない。
「やっこさん」
拝殿に向かって一礼したところで、名前を呼ばれた。礼陣の人には耳慣れた穏やかな声だ。
「お久しぶりです、神主さん。……なんか、会うといつもお久しぶりになっちゃいますね」
「お仕事があるんでしょう。お隣は?」
そうだ、紹介をしなければ。口を開きかけたやつこを、けれどもひかりが遮る。
「はじめまして、戸田といいます。ここの神主さんですか?」
「はい」
「鬼、なんですか?」
「そうですよ」
なんでもないことのように、つまりはいつものように、神主は返事をした。ひかりは息を呑んだようだったが、すぐにまた尋ねる。
「教えてください。ここに、縁結びの神様が来たことはありませんか」
やつこも初めて聞く、今日で一番真剣な声だった。神主は少し首を傾げながらひかりをみていたが、やがて眉を少し下げた。
「すみませんが、会ったことはないです」
「そうですか……」
「けれど、あなたが神と関わった人間であることはわかりますよ。左手の小指から、いくつもの縁が伸びているのが私にも見えます。わざわざ縁に目印をつけるということは、よほどあなたと関わりが深いのでしょうね」
はっとして自分の左手を見たひかりを、やつこは目で追う。神主はさらに続けた。
「……なるほど、幸せ笑顔、ですか。あなたは、縁を結んでそうなれましたか?」
「どうして。会ったことないって言ったのに、あの子の……えんむすびちゃんの唄を、知っているんですか」
「糸に書いてあるんです。その神があなたのことを大切に思って刻んだ、これからも幸せであるようにとの願いです。随分仲良くなったんですね」
丸く見開かれたひかりの目が、細くなり、閉じた端から涙が零れた。夢じゃなかった、と呟いて、左手でそれを拭う。
「あの子は、本当に縁を結んでくれたんですね。あの子のおかげで、私、ずっと幸せでした。笑顔でいられました」
「それは何よりです。私たちにも願いはあります。それが叶っているなら、どんなに嬉しいことか」
「だったら、これからも叶え続けなくちゃいけませんね。あの子を信じて」
泣いてたらあの子が困っちゃう。
ひかりがしっかりと前を向いたのを、やつこは微笑みながら見ていた。

そのままひかりが駅へ向かうのを、やつこは見送ることにした。どこかに泊まるつもりで持ってきたボストンバッグは、今回は出番がないようだ。
「地元に戻って報告したいこともできた。友達にも、またえんむすびちゃんのこと話してみる」
「フィクションじゃないことは、うちの神様のお墨付きだからね。えんむすびちゃんとの記憶、これからも大切にして」
「うん。ここで結んだ新しい縁もね。縁を結べば幸せ笑顔、なんだよ」
左手の小指を撫でながらひかりは心底幸せそうに笑った。
やつこも笑い返し、また会うことを約束した。今度は賑やかな夏にでも、と。私は冬も大好きだよ、とひかりは列車に乗り込む。
ドアが閉まる前、やつこは光る糸を見た気がした。ひかりの左手の小指から伸びたそれが、自分の左手へ繋がっているように。一瞬のことだった。だが。
「……これも縁、だね」
見間違いではないと、やつこは信じている。



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posted by 外都ユウマ at 18:29| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする