2017年12月31日

2017年作品鑑賞まとめ 文芸作品編

引き続き、今年の作品鑑賞文です。いつもと同じく、読んだ本について、漫画とは分けてお送りします。
今年は慌ただしくてなかなか本を読む時間がとれず、読んだ冊数は昨年よりずっと少ない、再読含めて70冊。うち新規は56冊で昨年と同じくらいなので、新刊ばかり一所懸命追って読んでたことになりますね。つまり年間50冊以上本を買ったり借りたりしているということか……。
ここでは新規の中から、私が今年特に心に残った作品をいくつか選んで紹介します。ルールは以下。
ちょっと流行に乗り遅れていることもあります。
ネタバレがあることがあります。作者敬称略。
以上ご了承ください。


*小説

『お節介屋のお鈴さん』(堀川アサコ)
ファンタジーコメディーミステリーホラーと盛り沢山。独居老人、セクハラ、教師バッシングなど社会問題もするっと入ってきます。
杜の都仙台を舞台に、強気な幽霊お嬢お鈴さんが、ごく普通の銀行員カエデを捕まえ振り回し様々な事件に首を突っ込ませます。
ぼけぼけ系ヒロインのカエデは無意識に人を傷つけてしまうところもあるのが、可愛らしくもリアルでとっつきやすいです。お鈴さんは私の大好きな強ヒロイン。恋敵の末裔が早産しそうともなれば、それまでの恨みつらみも放り投げ、家の前に地下鉄を召喚して助けちゃうくらいお節介で気風が良い。(このシーンかっこよくてとても好きです)カエデの彼氏こんちゃんは癒し、泰平さんと貸本屋もとても素敵。キャラクターがとにかく魅力的なのです。
現実問題は解決できる範囲で、という加減が絶妙です。(地下鉄召喚除く)
お鈴さんの衣装がくるくる変わるお洒落さにも注目です。

『嘘つき女さくらちゃんの告白』(青木祐子)
今年一番の衝撃作でした。女の、作家の、業という業を凝縮したような、最後まで鳥肌の立つ作品。
盗作疑惑のイラストレーターを負い、その遍歴を本にするために彼女の知人をあたって取材をする。それによってイラストレーター「sacra」さくらの嘘の数々が明らかになっていくが……。
おそらくさくらにとって全ては「嘘」ではなくて、彼女の中で「そういうことになっている」のだろうなと思ってしまう。それを顔と体で裏付けられるのだとわかってしまっている。すぐ嘘だとわかりそうなものなのにたくさんの人が騙されてしまうのは、「こんなにきれいな子が悪いわけない」と信じたいものを信じてしまうからでしょうし。さくらの行動が計算によるものなのか、そういう悪癖なのかわからないところがまた怖い。
自分では何も作らないし考えないさくらが自分のことを「0から黄金を生み出す」と言ってしまうのが、怖いのだけど気持ち悪くはなくて、寧ろどんどん惹かれて行ってしまうのは、さくらに堕ちた男たちや「才能はあるけどさくらほど美しくないと思ってしまった人たち」の心境に近いのかしら。
ラストには圧倒されました。なんて巧みで、なんて屈託ないんだろう。その瞬間の鳥肌を気持ちいいと思ってしまったら、この作品にドМにされていると思います。

『装幀室のおしごと。〜本の表情つくりませんか?〜』(範乃秋晴)
昨年から「本に関わる仕事」の作品に注目して読むことが続いていましたが、装幀は初めてでした。
本の中身に合わせたものか、確実に売れるものか。読者が手に取らなければ本は存在しないも同じなら、強い印象を与えて手に取らせる装幀がより有利で確実な「商品の売り方」かもしれない。そのほうが本は存在していられるのかもしれない。でもやっぱりそれだけじゃ中身との違いが出てしまって「作品」としての存在は欠けてしまう。
主人公わらべちゃんの「作品主義(売れるよりも作品を表現することが大事、でも売れなきゃ本は生き残れない)」と巻島さんの「商品主義(まず手に取られないと意味がない、けど作品を蔑ろにしているように見える)」がぶつかるバトルかと思いきや、わらべちゃんは作品の世界を愛し、巻島さんは作品を作り出す人を大切にしようとしていたことが徐々にわかってきます。わらべちゃんの装幀は作品と読者への愛で、巻島さんの装幀は作家と作品への愛。
互いに知らない間に「装幀」を通じてファンレター、あるいはラブレターともいえるかもしれない、そんな想いの送り合いをしていたのだということがわかった瞬間に、泣けて仕方なかったです。
本を通じて繋がる物語、本当に好きですね。本の装幀が愛しくなる作品です。

『百貨の魔法』(村山早紀)
装幀のお話を読みましたが、本作の装幀は本当に美しいですよ。イラスト、フォント、そしてカバーを外したところまで細部にわたってこだわりが感じられる、まさに逸品。今年最も飾っておきたい本です。
斜陽の百貨店で働く人々、その人生を描いた作品。長くないのではといわれる中小の、地元に根差した百貨店(呉服店が始まりというのはよくあるタイプ)を題材、舞台とするならば、近年なら「画期的なアイディアで売り上げを伸ばす」「経理関係など財務の見直しによって経営を立て直す」「ひらめきと人望で社内を奮起させる」などといったサクセスストーリーが流行しそうなものです。世の中のいわゆる働いた「結果」に着目する人々には、もしかしたらそのほうがうけるのかもしれません。
しかし本作は、その場所と町の人々の暮らしの過去や現在を、いかに心の面から豊かにするかということ、相手を喜ばせることこそが働くこと、そして居場所を守るということの本質であるということを、複数の人間の目とコンシェルジュ結子さんの「幸福な」人生を通して描いています。
人の生き方、人情、つながり、そして「人の手で成しえる夢」に希望を見出す人にはとても温かく優しく接してくれる物語だと思います。
私が本作を読んでいるとき、ちょうど「ウルトラマンはどうにもならないときにしか来ないものだから、そう頼りすぎるものじゃない」ということが話題になっていました。(日本人のヒーロー観が云々、という話に対する反論じゃなかったかな)この百貨店に現れる「金目銀目の白猫」は、それに似ているなと感じました。自分で叶えられるところは全力で取り組んで、どうしようもないもの、過去の変えられないものには夢を見せる。そんな「ある程度諦めることを知った大人の夢」に、本作は寄り添ってくれます。
しかし福利厚生が手厚く、従業員みんなが仕事が好きで、いつも笑顔が溢れている……職場として究極の理想で、とても眩しく感じました。そういうお店なら、お客さんもストレスフリーでいられるだろうな。

『活版印刷三日月堂 海からの手紙』『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』(ほしおさなえ)
昨年、シリーズ一作目『星たちの栞』を挙げましたが、今年出た続きの二作も素晴らしかった。
川越の活版印刷工場を訪れる人々と、そこの店主である弓子さんの物語。
『海からの手紙』は「見えないものをかたちにすること」がテーマになっているように思いました。特に「あわゆきのあと」は号泣。いない子を、会ったことのない子を「名前」というかたちであらわす。たしかに存在したんだよという証明みたいだと思いました。両親の悲しさ、特にお母さんのつらさも心に刺さって。ちょうど自分でも、いなくなってしまった子供の話を書いていたので、重ねた部分もありました。
『庭のアルバム』では「仕事への向き合い方」も書かれていたのかな。「チケットと昆布巻き」や「川の合流する場所で」はそれが濃く出ていたように思います。そして、弓子さんのお母さんの生きた足跡も。「死んでしまった人」ではなく「生きていた人」だったんだ、ということを確かめるようでした。そうして三日月堂の物語に共通する「かたちとして残すこと」がはっきりしてくる。
表題作の「庭のアルバム」に、一番心に残った言葉があります。「わたしはわたし。楓もそうだよ。一生楓として生きていくしかない」。この話の語り手である楓ちゃんの、おばあちゃんの台詞です。その前に父親が「周りとちゃんとやっていけないんじゃ、どれだけ考えても意味ない」と言っていて、それが楓ちゃんの心だけでなく私にもとても刺さる言葉だったので、おばあちゃんがそう言ってくれたことで楽になったんですよね。そのかわり、自分にちゃんと責任を持つこと。これってとても大事なことだと思います。
もちろん仕事をして生活していくということは大事で、必要なことです。お金のことも考えなきゃいけません。でも、その中に自分にとって大切なものをいつでもしのばせておけるようにしたい。自分を大切にしたい。そう思わせてくれる作品でした。

『君の嘘と、やさしい死神』(青谷真未)
ボーイミーツガール。頼まれごとを断れない男の子が強がりの女の子と運命の出会いをする……と、単にこれだけではないのです。恋愛小説ではあるけれど、それよりも個人の悩みや少年少女の生き方に焦点を当てています。「記録」じゃなく「記憶」に残りたいというのは、「彼女」の忘れられたくない(生きていたい)という想いそのもの。そして彼女が残していったものが、「僕」がずっと囚われていたものからラストで解き放ってくれる。
落語を絡めたストーリーが非常に良かったです。青春に落語。こんなに切なく扱えるものなのか、と感銘を受けたのですが、よく考えたら落語だって物語なんですよね。
青谷さんの青春と恋愛の描き方が、『鹿乃江さんの左手』からずっと好きです。本作は『四月は君の嘘』を彷彿とさせました。

『ゆめみの駅遺失物係』(安東みきえ)
夢見ることにちょっと拗ねてしまった女の子が、なくしてしまった「お話」を遺失物係に捜しにいきます。大人も子供も入っていきやすい短編集。ちょっと懐かしさのある、それでいて心に沁みたり刺さったりする、私が昔から好きだった「童話」ってこうだったなと思い出させてくれる作品でした。
内容だけじゃなく、装画とフォントもすごくきれいでほっこりします。
「本当に伝えたいと思ったら、こつこつと文字に刻むしかなさそうです」この言葉にとても共感しました。主人公の女の子とは気が合ったかもしれないです。
「ずっと心にかかっていたことを物語にして、それで気持ちをひとつ終わらせる」というのはいつも私がやりたいと思っていて、たまにやっていることでもあります。なので私はこの物語に認めてもらえたような気が、勝手にしているのですよね。


*ドキュメンタリー

『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生、日本製紙石巻工場』(佐々涼子)
どうしてもこの本を読んだ話はしたかったので、ちょっと分けてやります。読み終えたのは三月に入ってからでした。ちょうど東日本大震災から六年が経とうとしていた頃です。
ノンフィクションを読むのは、私にしては珍しいことです。(エッセイはたまに読むんですけどね)しかし本書は、単行本が出たときから読みたいと思っていて、文庫になってやっと手元に迎えることができたのでした。
物語のように流れがまとまっていて読みやすい、と感じたのですが、あの日の現実は物語よりも衝撃的だったんですよね。ずっと泣きながら読んでいました。悲しいからとか感動したからとか、そういう「他人事」みたいな涙だったことも否めないけれど、私自身があの日からの「しばらく」を思い出したのです。
2011年3月11日以降しばらくのこの国にいて、それを支えるとか言っている余裕もなく、ひたすらがむしゃらに生きるため、生かすために動いている人々がいたことを確認して、ただただ「そうだよなあ」と思いながら読んでいました。
書かれているひとつひとつの場面に手に汗握り、「良かった」と思っては涙を流し、再現された日々を映像で見ているような気持ちになりました。人々の声と文章の力を強く感じたドキュメンタリーです。


以上の9冊が、今年の私的ベストでした。
堀川さんの作品はかなり迷った……。今年最初に読んだ『おちゃっぴい』も、新撰組を描いた『月下におくる』も良かったもの。
『活版印刷三日月堂』シリーズは、例年シリーズ一作目を一度出したら二作目以降の感想はまとめに入れていなかったのを無視するくらい、一つ一つが素晴らしかった。
『紙つなげ!』は絶対に入れたかったのでどうやって入れようかというところから考えました。私自身が学生時代にインタビューの書き起こしや語りの分析などを専攻していたので当時の知識と、震災のときの記憶、現地にいないから当然わからなかったことを文章からどう受け止めたらいいのかということなど、頭から色々引っ張り出して模索しながら読みました。
『百貨の魔法』を読んだのは、ちょうど仕事を辞めて新しい場所へ向かう準備をしていた頃でした。ここまで理想的な職場には(私が接客が非常に苦手なので)出会えなくても、相手を慮って動く、ということはどこに行っても大事にしたいと思わせてくれました。また、地元には現在百貨店は存在しないのですが、かつてあった頃(もう随分昔です)のことを思い出して懐かしかったです。今はバスに乗れば百貨店や大型商業施設が多く並ぶところに40分程度で行けるようになったので、機会があって覗くたびに、従業員の笑顔に星野百貨店を想うようになりました。落としものをしたときに助けていただいたその対応に、リアル百貨店だ、などと変な感動を覚えたほどです。
『嘘つき女さくらちゃんの告白』はのめりこみましたね。恐ろしいほどはまりました。こういう人が本当にいるから、余計に怖い。まさに沼に足をとられ引き込まれる、その瞬間を体験した気がします。本作がきっかけで『幸せ戦争』も読んだのですが、これまたすごかった……。「良い人」がほとんどいなくても、読後の快感ってあるんですね。
来年も良い作品にたくさん出会えますように! すでに今から楽しみがいくつかあるのです。さて、何から読み始めようかしら。
posted by 外都ユウマ at 11:21| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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