2017年01月08日

終の話

「馬子にも衣裳とはよく言ったもんだな」と笑われるか、「似合ってるよ、綺麗だ」と微笑みつきで言われるか、どちらが耐えられないだろう。それぞれの性格をよく知っていれば、「そりゃどうも」とかわせるのだが。
「私、吉崎君にそんなこと言われたらショックで帰る。かといって綺麗だとか言ってくれる人でもないけど」
伸ばした髪を巻きながら、紗智が言う。その隣ですでに巻いた髪をさらに盛っている結衣香が、明るく笑った。
「さっちゃんには綺麗って言うんじゃない? そこまで言えなくても、似合うとは言ってくれると思うな。だってこんなに可愛いんだし」
ねえ? と投げかけた言葉を、やつこがキャッチして大きく頷く。こちらはちょうど支度が終わり、友人二人を待っているところだ。
橙色も鮮やかな晴れ着は、父が生前に娘に着せたいと願っていたものだそうだ。母が着ていたものを、丁寧に手入れして、受け継いだ。やつこが小学生になる前に亡くなった父だが、十五年後を見通す千里眼でも持っていたのか、晴れ着はまるでやつこのためにあつらえられたもののようだった。
「さっちゃんもゆいちゃんも綺麗だから、雄人も透君も感動するんじゃない? 二人の顔を見るのが楽しみだなあ」
「やっこちゃんもだよ。綺麗なんだから、今日は飲みすぎて人に絡みすぎないようにね」
「警察官が騒ぎ起こしちゃ世話ないし」
「くれぐれも気をつけます。……あ、ゆいちゃん、飛鳥兄ちゃんに写メ送らなくていいの? わたし撮るよ。さっちゃんもお姉さんに送るんだよね」
「完成してからお願いするね。どうせお兄ちゃん、あとで見るし」
「私もできてから」
先輩たちも通ってきた、礼陣の町の成人式。町に元子供たちが大人になって帰ってくる日だ。

「お、やっこじゃん。まさに馬子にも衣裳だな、とても心道館最強の称号を持つ女とは思えない」
雄人が予想通りの第一声を発してくれたので、やつこは予定通りに「そりゃどうも」という台詞と肘鉄をくらわせる。呻く雄人を紗智が心配そうに見て、結衣香は大笑いしていた。
「お前な、人の新品のスーツに何してくれるんだよ」
「そっちこそ何てこというのよ。お父さんが絶対に似合うって予言した晴れ着なんだからね」
「だから晴れ着は立派だって。宮川と志野原はその点、ガワと中身が伴ってて完璧だな。さすが北市女の大和撫子」
褒めているのだろうが、紗智は微妙な笑顔を浮かべていた。それはそうだろう、雄人は真っ先にやつこを見つけて、コメントをしたのだ。紗智と結衣香はいっしょくた。小学生の時から想い続けて、どうしてこんなに届かないものか。
もう嫉妬でやつこを逆恨みするほど子供でもないけれど、今でも悔しいものは悔しい。
「吉崎君は相変わらずだね。いつまでたっても子供っぽいんだから。それより鹿川君は? まだ来てないの?」
ちょっと呆れながら結衣香が尋ねると、それがさあ、と溜息交じりの声が返ってくる。
「待ち合わせの時間、間違って送ってて。十分後の予定だから、あと五分くらいで来るんじゃねえ?」
「バカじゃないの、雄人。何が連絡は抜かりないぜ任せとけ、よ。やっぱりグループでメッセージ流しとけばよかった」
剣道の試合になると人が変わったように真剣になる雄人だが、それはつまり普段は頼りないということだ。いや、紗智や後輩たちに慕われているから、全く頼りがいがないわけではないだろう。だが少なくとも、やつこにとっては残念な同級生なのだった。
「来ないわけじゃないんだからいいだろ。そんなに言うならやっこがもっと透と連絡とってれば。あいつ、オレと話してるときもやっこのことばっかり気にしてんだぞ」
「わたしは仕事が忙しいの。このご時世、お巡りさんが勤務時間中にスマホばっかり見てたら、すぐに問題にされちゃうんだから。この町の人ならまだしも、よその人に見つかったら大変だよ」
仕事を楯にごまかしたが、気にされているのが問題なのだ。結衣香と紗智の視線も刺さり、やつこは人混みへと目を逸らす。
待っている姿はまだ見えない。どこかで迷っているのかもしれない。彼は雄人と違ってしっかりものだが、混雑した場所は苦手なのだ。この田舎の生まれではなく、いくらか都会の隣町からやってきたというのに。
「本当に十分だけ間違えたの? もっと間違えてるんじゃないでしょうね」
「十分だけだって。だからさ、やっこはここで待っててやれよ」
「はあ?」
訝しんで振り向くと、にやにやする雄人と、合点がいったというように顔を見合わせて頷く結衣香と紗智。待ち合わせ時間を遅らせたのはわざとか、ということに思い至ったときには、三人はやつこを残して公民館へ向かっていた。
「ちょっと、それはないんじゃないの……ゆいちゃんとさっちゃんまで……」
裏切られた、とまでは思わない。たぶんこれは、雄人が透に気を遣ったのだろう。やつこの気持ちは棚か天井裏にでも放り投げて。こっちにはこっちの事情があるということを、わかっていないはずはないと思うのだが。
「まいったなあ……」
透と会いたくないわけではない。むしろ友人としてなら会いたい。直接連絡するのを避けていたのは、透に自分のことを自然に諦めてほしかったからだ。避けた時点でそれは不可能だということに、もっと早く気づいていればよかった。

そう待たずに、透はやつこだけが残る待ち合わせ場所にやってきた。「久しぶり」と挨拶を交わしてから、周りをきょろきょろと見回す。どうやらこの状態は、雄人単独での企みらしい。
「みんなはもう中に。たぶん席取っといてくれてると思う」
「もしかして待たせすぎた? やっぱりもっと早く出てくるべきだったかな」
「雄人が言った時間通りなら、問題ないんじゃない。わたしたちも早く行こう」
一刻も早く、二人きりの状況から脱したかった。何でもないように振る舞えたら、それこそ試合のときのような凪いだ心を保てたらいいのに、透を目の前にするとどうしても意識してしまう。
これが恋なんて可愛いもので済めばいいのだけれど、そうもいかないから困っている。詰めてくる距離を早足であけて、このまま遠ざかってくれればと願う。周りが思うより、事態は深刻なのだ。
「待てよ、やっこ」
「寒いからあんまり待てないよ。それにさあ、帯だけじゃなくて、内側にタオルとかいっぱい入れてるから重いんだよね。頭もこれでもかってくらい盛られたし」
「大変だな。でも、その恰好ってことは嫌じゃないんだろ。やっこなら、本当に嫌なことはしない」
背中を追いかけてくる言葉が刺さる。嫌なことはしたくない。それはやつこに残った我儘な部分で、大人になりきれていないところなのかもしれない。年齢を重ねて、この町に住む鬼たちが見えなくなって、それでもまだ自分が大人だとは思えない。
「……たしかに、嫌ではないよ。お父さんに見せたかった姿だもの」
「よく似合ってる。綺麗で、でもいつもの元気なやっこらしくて、遠くからでもすぐわかった」
「ありがと」
顔を見ずにした返事は、聞こえたかどうかわからない。予想通りの言葉に、予定通りの対応を。上手にできていただろうか。
「やっこ、全然こっち見ないな」
少し寂しそうな声は、聞こえなかったことにした。振り返れば絆される。その先には、きっと悲しい未来が待っている。
やつこは父を亡くした幼い日のことを、今でも鮮明に憶えている。「根代の家は男殺し」と言われるその通りになった、あの日のことを。

先に入っていった三人と合流してからは、昔と変わらない振る舞いができたと思う。透ともやっとまともに顔を合わせられた。いつも通りのやつこでいれば、友人たちも安心するだろう。
同級生との再会、先輩たちからのお祝いメッセージと、ちょうどよく忙しくなったことも良かった。成人式といえど、実際その日を迎えた自分たちは、まるで子供に戻ったようだ。
「雄人、海にいから来てるよ。あんまりはしゃぎすぎないように、だって」
「心道館にいた全員に送ってんのかな」
「志野原さん、着信ずっと鳴ってるけど」
「お兄ちゃんよ。心配性なんだから」
「ゆいちゃんのお兄さん、ぶれないよね」
いったいいつから大人になるのか、今日の様子を見ているとわからなくなる。先輩たちもそう言っていたことを、ふと思い出した。
「やっこちゃん。わたし、一回帰るね。お兄ちゃんがうるさいから」
「うん。あとでまた」
結衣香が式が終わってそう経たないうちに離れる。
「私も親戚のところに行かなきゃならないって。夜にまたね」
「さっちゃんもか。じゃああとでね」
紗智も行ってしまう。それなら自分も一度家に戻ろうか、と思ったとき、名前を呼ばれた。
「やっこ、もう行くのか?」
「ゆいちゃんとさっちゃんが帰ったからね。透君はせっかく帰省してるんだから、もうちょっとみんなとお喋りしてなよ」
雄人はまだどこかにいるはずだ。やつこのしらない、社台高校の同級生もいるだろう。
けれども透は、困ったように笑って、誘った。
「時間あったら、神社に行かないか。神主さんにも会っていきたい」
断る理由は、一つを除いて特になく、その一つは言葉にするのが躊躇われる。結局、神主に会うなら、ということで了承してしまった。
公民館から、商店街へ向かい、挨拶をしながら東に抜けると、礼陣神社に辿り着く。石段を上がった先の境内に、今日はいくらかの人がいた。大抵は顔見知りで、やつこたちの恰好を見て「もうそんな歳かね」と感心する。
「神主さん、やっこちゃんと鹿川さんとこの子が来てるよ」
参拝客に呼ばれて、神主がひょっこりと顔を出す。いつもの穏やかな笑みでこちらに手を振り、やってくるなりやつこの手を取った。
「やっぱり似てますね、七海さんと七瀬さんに。ムツさんにも」
「はあ……そんなに似てますか」
「透君も立派になって。勉強は進んでいますか?」
「学年相応に順調です」
にこにこと話す神主の向こうで、参拝客らが顔を見合わせている。「鹿川さんの子って、一人息子だったわよね」「一人は大変ねえ」と囁き合う声が、ここまで聞こえた。みんなやつこの家が、どういうところなのか知っている。
表情が歪まないように口の内側を噛む。聞かなかったふりをしようと決めた。
「一人だと何が大変なんですか」
だが、「ふり」は容易く崩される。
「ちょっと、透君。やめなよ」
「ひそひそされるの、昔から嫌いなんだよ。同級生だろうと年上だろうと関係なく」
気まずそうに俯いた人々を、透は構わず睨む。神主は苦笑いをしたが、止めなかった。
「で、何なんですか。大変なことって」
「ごめんなさい、変なこと言ったわね」
「根代さんのところは代々お婿さんとってるから、またそうするのかなって思ったの」
適当な言葉でごまかしているが、どちらにせよ透を指して言うようなことではない。やつこが無理やり笑いながら「そんなんじゃないですよ」と言おうとしたのを、しかし、透は顔色一つ変えずに遮った。
「知ってますよ。やっこがそうしてほしいって言うならそうします」
何がどこにかかるのか、判断するのに少しかかった。そのあいだに、噂をしていた人々は驚いたり感心したりしていて、認識はすっかり「透はやはり根代家に婿に行くのだ」ということになっていた。
「透君、何言ってんの。婿とかあんた関係ないし、わたしの意思は知らんぷりなの?」
慌てて割り込んだやつこに、透はしれっと答える。
「だったらその意思とやら、さっさと聞かせてくれれば良かったんだ」
「勝手にもほどがある! わたしがどれだけ困ったか!」
簡単に恋で片付けば、これほど困りはしなかった。関係を断ちたくはないから、自分からは突き放すことができず。けれども透の気持ちを受け入れれば――やつこだってしがらみがなければその選択ができた――根代家の歴史が繰り返されるかもしれない。
根代の家は男殺し。婿をとる家だが、その婿は長く生きられない。人間を捨てて鬼と成り、家を守るために力を使う。
「そんなに困らなくても、やっこがそうしろって言った通りにするのに」
「それが一番困るんだよ」
「俺は鬼に成るのもいいと思ってる」
「わたしはよくない」
一際冷たい風が肌をひっかいて通り過ぎ、我に返った。いつのまにか境内に他の人間の姿はなく、神主だけが立っている。
「二人とも、ちょっと温まっていきませんか」
いつだって何事もなかったように、彼はここにいる。

社務所でお茶を飲んだら、少し落ち着いた。せっかくの晴れ着をまだ家の「鬼さん」――父に見せていないのに、だいぶ崩れてしまった。正面では透が、神妙に俯いている。
「悪かったよ」
「本当。なんで今日に限って子供みたいな……ううん、この辺の子供より質が悪い」
昔はあんなことにならなかったのに。ほんの二年ほどで、何が変わってしまったのか。
「いつの時代も、根代さんちの痴話喧嘩は大変ですね」
「そういうのじゃないです。……お母さんやおばあちゃんのときは、喧嘩とかあったんですか」
やれやれどっこいしょ、と年寄りみたいなことを言いながら座る神主は、実際この町で一番の年寄りだ。見た目は若い青年のようなのに、長いこと礼陣の町を見てきている。そんな人がクスクス笑って、「ありましたよ」なんて簡単に言う。
「やっこさんは優しいですよ。ムツさんなんか薙刀持ちだして突きつけて、死ぬ覚悟はできてるのかい、でしたから」
「へえ、おばあさんすごい。やっこもそれくらいやればよかったのに」
「現代でそれはない。おばあちゃんの時代でもそうあることじゃない。ていうか、やればよかったのにって、透君ってば他人事みたいに」
やったところであっさり頷くだろう。鬼に成るのもいい、とはそういうことだ。やつこの家のことを知っていて、その上で告白してきたのだ。そういう人には、薙刀など恐れるようなものではないのだろう。
「七瀬さんはその点、平和でしたね。よそに嫁いだ七海さんを気遣って、穏便に済ませたようです。やっこさんのお父さんは鬼について詳細に知ってから七瀬さんに求婚したので、双方納得の上で家を継ぐことになりました。……実際にどうなるかは、そのときになってみないとわからないものですけれど」
「納得したつもりでも、お父さんが死ぬんだから、悲しんで当然です」
あんな思いをまたするくらいなら、大人にならなくていい。鬼の子として暮らし、成長するにつれて鬼が見えなくなってきてからは、その気持ちがより強くなった。人間として町のために何かをしようと決めて、やっと少し、大人になることを受け入れられるようになってきた。
だけど大切な人を喪いたくないという気持ちは、ずっとずっと残っていた。
「もう泣きたくないから、好きな人とかつくらないって思ってたのに。なのにさ、透君に告白されて、ぐらっとしちゃったんだもん。わたしが殺すのはこの人だなって思っちゃったんだ」
「すごい告白の返事をありがとう」
「……返事なのかな、これは」
殺人予告のような言葉を喜んで受けるような人は、他にいないだろう。やつこは苦笑し、それから神主に目配せをした。案の定、言いたいことはちゃんとわかってくれた。
「透君が生き残る方法もありますよ。根代家の家憑き鬼は私との契約で成り立っています。ただ、これは強固な呪いと同じで、私でも解けないものです。そのかわり私の力が及ぶ範囲内でしか効果を発揮しません。もしもあなたがやっこさんを攫って礼陣を出て、そのままこの地に近づかないのであれば、長生きできる可能性もあります」
やつこの母の双子の姉である七海は、礼陣から出て嫁ぐことで、この連鎖から外れている。そういう方法もあったのだ。
しかし透はすぐに首を横に振った。
「やっこの故郷はここで、俺は礼陣神社を何とかするために勉強してるので、よそに行くという選択は今のところないですね」

水無月呉服店で直してもらった着物を、「鬼さん」の部屋の前で披露する。扉の向こうに、この姿は見えているのだろうか。
父は、喜んでくれているだろうか。
「まだ全然大人になれてないし、この先どうなるのか見通せるような目は持ってない。でもね、鬼さん。わたし、諦めるのはやめたんだ。神主さんが解けない呪いを和らげているものがあるなら、うちと神主さんの契約とやらも、解除する方法があるんじゃないかって思う。わたしは、それを急いで探す。だって守られてばっかりは、性に合わないもんね」
反対されても前へ突き進む姿勢を、大人を理由に捨てることもない。忘れかけていた気持ちを、町中を駆けまわっていたあの頃の自分を、取り戻してみよう。



続きを読む
posted by 外都ユウマ at 18:02| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。