2018年12月30日

作品鑑賞文2018 芝居の巻

今年は縁あって、お芝居を色々と見にいくことができました。チケットとってもらったり、市内の演劇を見に行ったり、東京まで遠征したり。そのお話を少しします。


『PARAMSHIR』TEAM NACS
最近になって北方領土問題がまた大きな話題になっていましたね。本作は道民なら知っていなければいけないはずなのに教わらない歴史、1945年8月18日の占守島の戦いを描いた物語です。
草花の中の戦車を舞台の上に再現した、あのセットはとても哀しくて素晴らしく美しかった。旗によって場面が切り替わる演出がかっこよくてぞくぞくした。そして役者さんの演技がこれまた力強くて泣けるのです。
タイトルの読みがばれるとそのままネタバレになってしまうので明かされなかったそう。ナックスってすごいんだなあ、と改めて思いました。シリアスかっこいいよ。
ところで歴史上、この戦いでソ連に負けて侵攻を許してしまっていたら、私はたぶん生まれてません。

『珈琲法要』劇団ホエイ
オホーツク地方でも特に寒い町、斜里。青森との交流が今でも続いています。かつて津軽藩から派兵された人々がここを訪れ、冬を越そうとして病と寒さに苦しみ、大勢亡くなったのでした。本作はこの史実をもとにしています。
東京の劇団が、アイヌと津軽の人々のやりとりを、津軽弁で演じる。その情報だけで観たいと思いました。斜里での話はもともと少し勉強して知っていたというのもあります。
劇中の「和人はどごまでいぐの?」という問いが刺さりました。「和人が住んだら和人のもの」という考えを持って蝦夷地に来て、どこへ向かっていくのか。その後の歴史を思うと、そうして進んだ先にあったのが先に書いたソ連との戦いだったんですよね。その過程でたくさんの死人が出たことは公にはならなかったんです。考えるごとに哀しくて泣けてくる。
派兵された津軽の人々が、日本で珈琲を飲んだ初めての民間人だったとか。薬として用いられましたが、劇中ではカフェインが不眠や、酷くは幻覚をも引き起こしていました。寒さもあっただろうけど。



舞台演劇も良かったけれど、テレビドラマも面白かった。年明けから衝撃作に毎週泣いたり、何年かぶりに見始めたスーパー戦隊にハマったり、社会現象を巻き起こした恋愛ドラマにときめいたり。毎週楽しみがあるっていいですね。


『アンナチュラル』
1月から3月にかけて放送していた冬クールのドラマ。法医学を扱い、社会問題と仕事に真っ向から向き合うこと、そして「生きていくこと」に鋭く切り込んだ本作は、毎週トレンドに上がり、少なくとも私の周囲では社会現象のように話題になっていた。
主人公は法医学者三澄ミコト。実の母親の起こした一家心中によって死にかけた経験を持つが、それは本筋としてはあまり扱われなかった。あくまで『アンナチュラル』で取り上げられているのは、ミコトが、彼女の所属する不自然死解明組織UDIが扱った「不自然な死」とそれにまつわる事件。全十話はそれぞれがほぼ独立した話として構成され、続いているのはもう一人の解剖医である中堂系が追うある事件。(でも前話まで取り扱ってたものの続きがちらっと出たり、あれも伏線だったのかと思わせるような台詞回しや演出があったりして、たしかに連続ドラマだった)
UDIのメンバーそれぞれに、自分の仕事と生き方がある。頻繁にある食事のシーンは、彼ら彼女らが「生きている」ということを表現しているように見える。食べることは生きること。それを積極的にすることで生きている。そう意識して見ていた。
ドラマが話題になった最大のポイントとしては、役者の豪華さもさることながら(私が見ようと思ったのは石原さとみさんと市川実日子さんが共演すると知ったからでした)、脚本が偶然とはいえタイムリーであったこと(ネットの自殺志望SNSを通じて殺す相手を探す殺人者とか、仮想通貨をその問題があったときに取り上げたりだとか、他にも色々)が大きいのでは。脚本自体は昨年秋に出来上がっていたというから、驚きである。(想起される事件はリアルタイムに起こったり、昨年冬以降のものだったりした)
巧妙なストーリーは、第一話からどんでん返しに次ぐどんでん返し。こちらの予想をいい意味で大きく裏切ってくれた。ミコトの生きるか死ぬかの大ピンチが二話にはもう訪れるし、息を吐く暇のない濃密な内容は何度でも繰り返して視聴したくなる。
木林さんなんか最後まで謎の多い葬儀屋だったし。この物語にはまだまだ続きがあっていい、あるはずだ、あってくれと強く願う声があちらこちらから。そして私もそう思う。
不条理なことだらけの社会で、仕事に真摯に向き合って生きていくこと。これが大きな柱だったように思う。ミコトたちUDIのメンバーはそういう生き方をしていたし、バイトの久部六郎も最終的にはそうしようとする人間になる。そのあたりの成長物語も良かった。何重にも意味を持たせた毎回のタイトルと、何重もの見方ができるストーリー、そして現代社会と人間の綺麗事じゃない心情を濃いリアリティで描き出したことが、このドラマを毎週楽しみにさせる要素だった。
リアリティの強さがあまりに胸に刺さって、毎週泣いていたように思う。主題歌「Lemon」がドンピシャのタイミングで流れるものだから、曲を聴くとドラマを思い出してしまい泣かずにはいられなかった。泣かなかったのは東海林夕子(このキャラクターが本当に好きで、本作イチオシです。市川さんの演技が可愛らしくて、感情を表にしっかり出す、ちょっと世間ずれしてしまっているミコトを補っているところが非常に良い、というところで彼女には随分と癒されました)がメインの回だけだったんじゃないかな。
また、安易に恋愛ものに落とし込まない(要素がなかったわけではないけれど)ところが、話の本筋を捉えるにあたって非常に良かった。ジェンダー差別も取り扱っていたけれど、それは男性の権威を強調するものでも女性の弱者的立場をむやみにひけらかすものでもなく、ただ「おかしいものはおかしい」というだけ。この点も非常に好感が持てたし、一部では「現実ではこういうところがおかしいよね」という議論を起こすことにもなった。「よく言ってくれた!」と思う場面も多かった。
多くの共感と感動を呼び、また自分でその問題について考えることをさせてくれた『アンナチュラル』。声をあげて泣きながら見るようなドラマは、またしばらくないかもしれない。
誰かを貶めることなく、やるべき仕事に真摯に向かう人々のドラマが、私はとても好きだ。
円盤買いました。全話見返してから弟に貸して盛り上がりました。

『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』
2月11日〜放映中。スーパー戦隊シリーズ42作目は戦隊同士が激突、ということで。
警察戦隊ならおまわりさん繋がりでデカレンジャー絡まないかな、と思って見始めたのですが、まさかこんなに深く沼にはまるとは思いませんでした。
まず初回、ルパンブルー/宵町透真がとても好みのビジュアルだったので(そして演じている濱正悟さんが面白い人だったので)視聴続行を決定。なんともミーハーな理由ですが、それをさておいてもルパンレンジャーが洗練されていてかっこいいんですよ。
快盗がスタイリッシュなら、警察は古き良き熱血。銭形警部を思わせる懐かしい暑苦しさ。特にパトレン1号/朝加圭一郎はそれが顕著で、警察側はネタ的な扱いになるのだろうかと思っていました。
ただでさえ快盗の戦う理由が重いんです。喪ってしまった大切な人を取り戻すため、なりふり構わず「これしかない」から。これは警察の分が悪いかな……と思っていたのは最初の三話くらいまででした。
朝加圭一郎、彼がとんでもなく「できた人間」であることがわかるまで。
同僚であるパトレン3号/明神つかさの、可愛いものが好きでぬいぐるみに頬をスリスリすることで癒しを得ている、というなんとも可愛い趣味を、知っていてもからかったりしない。「弱点」だなんて思わない。後輩のパトレン2号/陽川咲也のチャラさを「ふしだらな」と評する言葉のセンス。でも褒めるところはきっちり褒めてくれる。人の大事なものを尊重し、自分に非があれば相手が敵でもすぐに謝り、正義を貫こうとする。平和を望み、凶悪犯罪がない暇な世界でのんびりとお巡りさんをすることが夢で、その世界の実現のために戦うから恋愛には向かえない不器用さ(自覚あり)。
キャラクターとして、人間として、ほぼパーフェクトじゃないですか。抜けてるところがあったとしてもそこは「朝加圭一郎だから」ってなるし、彼の言動にときめけば「そういうとこだぞ朝加圭一郎」という。しかもストーリーが進むにつれてルパンレッド/夜野魁利との関係からも目が離せなくなる。
魁利くんとは見つめ合って微笑み合い、温泉デートまでするのに、ルパンレッドは盗みという許されざることをしている捕まえるべき対象なんですよ。この二人を見ているときのもどかしさといったら。
Wレッドの関係性だけで何度でもおかわり可能です。そして役者さん(特に魁利役伊藤あさひ君が)もそれがウケていることをわかっているのでサービス満載のオフショを公開してくれるという……。
魁利君の朝加圭一郎に対する気持ちも複雑で、彼があまりにもいなくなった兄に似て眩しすぎて、行動に迷ったり、懐いたり離れたりするその姿になんともいえないときめきを覚えるんです。人間の暗い部分を持ってる子だからこそルパンレッドなんでしょうね、彼は。
レッドは二人とも危うさがあるんですよね。それがまた良いんだよなあ……。不安にもなるけど。
ヒロインも可愛いです。つかさ先輩は強くて美しくて可愛い。ルパンイエロー/早見初美花も見た目もファッションも仕草も全部可愛いのに強い。二人ともアクションがきれいで惚れ惚れするんですよね。強い女の子は大好きです。うみかいりがわちゃわちゃしてるのを父親のように見ている宵町が好き。
宵町といえば、よく敵であるギャングラーに好き放題されてネタキャラと化します。ナンパとレオタードとキツツキと今度は何が来るんだ。ところで恋人を喪って彼女とは絵本の思い出があるってそれどこの中堂さん。
追加戦士ルパンエックス・パトレンエックス/高尾ノエルもとても良い。ガチでパルクールが得意なので、アクションは見ていて気持ちがいいし、ルパンコレクションを弄ることができる職人だし、大きな秘密も抱えている。要素が盛り沢山なんですよね。
キャラクターは濃く、ストーリーは毎回が神回。ギャグ回かと思っても必ずどこかに重要なポイントを入れてくる。スーパー戦隊ってこんなに面白いものだったんだなというのを思い出させてくれる作品です。最終話まであと少し、終わってしまうのが惜しい。
Gロッソまで遠征して素顔の戦士見にいくくらいハマるなんて、2月の時点で誰が予想できたでしょうね。Gロッソのヒーローショーはクオリティが高くて見応えがあります。アクションかっこいい。


まだまだ語りつくせませんが、今年はここまで。あと『おっさんずラブ』、流行語大賞にもなりましたね。あんなに純粋な恋愛ドラマめったにない。こちらも久方ぶりのときめきでした。秋クールは『獣になれない私たち』が、名付けられない関係性や現代の個人の生き方、考え方を描いていてさすが野木脚本と思いました。挿入歌のビッケブランカの「まっしろ」良かったなあ。
来年もいろんなものを観たいです。そしてもっと遠くへ行けたらなあ。
posted by 外都ユウマ at 21:24| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

作品鑑賞文2018 本の巻

今年から通勤が公共交通機関になり、通勤時間を使って本を読むようになりました。大抵はバス、たまに遠方へ遊びに行くときは飛行機に、本を持ち込んで読む生活が一年。引っ越しても購入冊数は変わらず、きっと来年も読みたい本を買えるだけ買っていくのかな、と思っていたりします。
今年読んで面白かった本を、毎年恒例のこの枠で書き残しておきます。


『笑う書店員の多忙な日々』(石黒敦久)
今年も本と本屋さんを描いた作品がたくさん刊行され、私も色々読みました。中でも特に好きなのが本作。本と本屋さんへの愛と希望と情熱が、夢見る新人と現実を嫌というほど知っていてもなお本屋でいたい五年目アルバイトを通じて描かれます。
本屋さんと環境と実情についてはさまざまな媒体を通じて情報を得ているので、いくらか冷静な見方ができるような気がしていましたが、それでも熱い。本屋を運営するために必要な時間やコストを踏まえても、この店で本を売るんだという強い意志と望み。笑って本を人に届けることは、「文化」を扱うこと。これだと思う八万分の一冊を盛大に仕掛け、当たったときの喜びをかみしめる。トラブルも多々あれどそれでも本が好きでたまらない人たちの、明るい物語。
ハイテク機器があって、神様までいて、何より笑う本馬鹿たちがいる理想の本屋がここにある。
作中作もどれも面白そうです。圧巻の売り場展開には絶対に息を呑むはず。本屋さん内部だけではなく、作家やお客さんも描かれているという点にも注目。

『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智)
映画『来る』が公開になりましたね。ホラーというより超エンタメ映画だと評判。映画のほうが面白い、というお話もたくさん聞きますが、私は原作を推したい。
久しぶりにホラーを読みました。最初は確かにホラーなんです。そこに伝奇的要素が絡むのも非常に好みで、日本のホラーという印象。けれどもとことん怪奇の由来や正体に迫って暴いていこうとする構成は、ミステリーでもあります。
さらに人間関係のリアルな気持ち悪さ、不気味さが加わって、登場人物への嫌悪感などつい感情移入しすぎてしまう。
かと思えば第三章でたたみかけるような超強力霊能力者による大バトルが始まったりと、小説もかなりエンタメが濃くて面白いと私は思います。第三章のパニック映画みたいな雰囲気のおかげか、読後の後味は途中に感じていた気持ち悪さや恐怖はほとんどなくなってしまいます。ホラーの柱を持った総合エンタメ。

『紙の魔術師』(チャーリー・N・ホームバーグ)
魔術師が職業(国家公務員)として認められた、20世紀初頭のイギリス。紙を使った魔術を使う「折り師」になることになってしまったシオニーと、その師となったセインの、魔法と冒険の物語。
本作は三部作で、『硝子の魔術師』『真実の魔術師』を通じて物語が描かれます。私が特に好きなのは一作目。赤毛のみつあみが可愛いシオニーに一目惚れし、彼女の勇気と行動力に惹かれました。勉強はできるけれどたまに無謀な強ヒロイン、ドツボです。
物質を使う魔術の中で、紙を折って力を吹き込むものがあるという設定も魅力。鶴や手裏剣、「パックンチョ」なんかは日本人に馴染み深いのでは。
激しいバトルシーンも必見です。ちょっとグロテスクな場面も私は好き。

『吉原百菓ひとくちの夢』(江中みのり)
江戸は将軍家治の時代、色街吉原で生まれ育った菓子職人太佑と幼馴染の花魁朝露の、甘く優しい夢物語。本作の好きなところは、お菓子の可愛らしく美味しそうな描写と、吉原という街の激しさがとても静かに描かれているところ。そしてなにより、登場人物の関係性。大切な人を想う気持ちは、なにも恋愛ばかりにくくられるものではない。
舞台は吉原ですが主人公はイケメン男子というのもまた良いです。どれだけ私の好みに刺さってくるんですか。しかも弐がすぐに読めて、当然面白い。
近年比較的入りやすい時代小説に手を出していますが、本作の掴みは素晴らしかった。読み手にも夢を見させてくれる、読後が温かな作品です。

『ミナトホテルの裏庭には』(寺地はるな)
人は人であり、自分は関係なくありたい。かといってまったく放っておくこともできない。お節介は気恥ずかしく、距離をとっていたいけれど近づきたくないわけでもない。ときどき他人の気持ちが量れないことで、酷く冷たくなってしまう。主人公の芯の、そんな不安定な心と行動がとても刺さって頷けます。
疲れてしまって眠れない人たちが訪れるミナトホテルを母から継いだ湊さん。彼が言う「他人のつらさの度合いを他人が決めることがおかしい」というのは本当にそうで、それによって自分の悩みなどは幸せなものだから悩んでいてはいけないなんて呪いにかかってしまうこともある。
いいかげんなようで人への愛情やこれだけは守ろうと思うものがちゃんとある湊さんと、周囲の人々と接することで少しずつ行動していく芯君が、結構やんちゃで子供っぽいところも含めてとても好きです。
「笑えなくなったら、泊まりにきてください」のコピーをツイッターで見かけて読みたくなった作品。

『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』(ほしおさなえ)
読みながらどれだけぼろぼろ泣いたことか。書くということ、書いたものを遺すこと、「かたち」を自分の身がなくなってもこの世に留めておくことについて、ああ私はそれがとても好きでやりたいなあ、としみじみ思わせてくれました。
自分の文章など人並だからと夢を見るのをやめてしまていた豊島さんと、自分の書いたものが特に何も評価されないことが分かった自分自身が重なってしまって、とても共感していました。豊島さんが前に進めたことが、自分の事のように嬉しかったです。
また、本作がシリーズ最終巻となり、これまで誰かのための仕事をする弓子さんを誰かの視点で見てきましたが、ついに彼女のそのままの言葉と心が描かれます。私はそれをずっと待っていました。三日月堂の仕事によって幸せになった人がこんなにたくさんいるのだと振り返り、今度は弓子さん自身が彼女の夢を叶えて幸せになっていく番なのだと思うと涙が次から次へと溢れて。
人同士が繋がっていき、ひとつのものを作り上げようとする熱い物語が好きです。それぞれの人生を持った人たちが繋がっていく、そのあたり前でとても優しいことが、こうして本というかたちで言葉になって受け取ることができ、残っていくのは、あらためてとてもすごいこと。
みんなが幸せになることを祈らずにはいられません。

『鳥と雲と薬草袋』(梨木香歩)
装幀がとても綺麗で一目惚れしたので、古書店からお迎えしました。地名にまつわる随筆です。
その名の来歴や由来を頼りに昔に人や物事に思いをはせる、読んでいてとても安心する文章。まるで昔話を読んでいるよう。語源など意味を突き詰めていくのはわくわくします。

『春の旅人』(村山早紀・げみ)
村山さんの文章とげみさんのイラストはもちろんのこと、表紙の手触りに帯の紙、本文の飾り枠、そしてこだわりの印刷。全てにおいてとてもとても美しい本です。本当に宝石みたい。
本作は三篇の物語でできています。仲良しのお姉さんの言葉が心にしんと沁みる「花ゲリラの夜」、正統派児童文学とSFの香りがちょっと懐かしい「春の旅人」、フルカラーイラストの美しさと言葉の心地よさにうっとりしてしまう「ドロップロップ」。どれもホッとしたいときにばらばら捲って、目で楽しみながら音読したくなります。
手元にあるだけで嬉しくなる本はプレゼントにも良いかもしれません。

『パンダ探偵社1』(澤江ポンプ)
身体が動植物に変化していく病「変身病」の半田君と先輩の竹林さんは、変身病絡みの案件を扱う探偵。請け負った依頼の中で、さまざまな人間関係のかたちや変身病者の行く末を見ることになる。
絵もストーリーも好みどストライクの本作は、ツイッターで書店員さんの紹介を見て気になった作品。病だけれど動植物に変わっていく人々に美しさを感じます。
自分の人生や他人との向き合い方は心に刺さります。パンダ君素直で良い子だから余計に。
続きが楽しみな作品が増えました。

『むしくい男と光の木』(ムライ)
出ていたのを知ってから随分と時間が経ってしまいましたが、年末も近づいてやっと読むことができました。ムライさんの幻想的なイラストで綴られる、寂しくて、切なくて、残酷で、美しいお伽噺。
異形や虫や鳥、電球など印象的なモチーフに心惹かれます。こちらも手元に置いておいて何度でも読み返したくなる作品。
場面の詳細が語られないところが、また好きなんです。

『ウィズダムズのけものたち』(ながべ)
獣人BLとはとても良いものですね。人間より色っぽくてドキドキしてしまう。
動物の生態なども絡めて描かれる獣人たちの学園生活は、絵は温かく柔らかく、シチュエーションはどこまでも艶やかでうっとり。あんなにときめくキスシーンは久しぶりでした。恋の自覚がないとか、片思いだとか無意識の行為とか、ツボを突かれる要素が満載です。
獣人にはロマンがありますね。


以上、11冊の本を選んでみました。いつもは小説と漫画を分けているのですが、今年は一緒に「本」の枠で。今年もたくさん読めました。
本に関わる現場の作品は、先述の通り今年も色々読みましたね。『笑う書店員の多忙な日々』の他、『星をつなぐ手−桜風堂ものがたり−』、『レジまでの推理 本屋さんの名探偵』、『装幀室のおしごと。〜本の表情つくりませんか?〜』、『校閲ガール トルネード』、『小説の神様 あなたを読む物語』と並べてみると話題の小説が多いけれど、やっぱり本が好きな人や、現場で働く人々が好きなんですね。
衝撃だったのは澤村伊智さんの作品。『ぼぎわんが、来る』をはじめ『ずうのめ人形』、『などらきの首』と文庫で読めるものから読んで、こういうホラーエンタメもあるのだなと感心しながら、現代社会の暗い部分に思いをはせてみたり。
漫画、先にあげたものの他、『鬼滅の刃』が今年も熱かった。アニメ化おめでとうございます! 放映が楽しみ。年号が変わる。キャラクターの魅力がどんどん明らかになっていき、同時に展開が激化していくものだからコミックス追っててハラハラドキドキです。炭治郎の長男力ほんと好き。女性キャラはみんな可愛らしさと色気と強さが半端じゃないし。好きなところしかない。
来年も素晴らしい作品との出会いを楽しみに生きていきたいです。本って最高!
posted by 外都ユウマ at 21:18| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月17日

イヌマさんとカネコくん 〈帰る場所〉

 久々に実家に顔を出すと、妹がソファに寝そべって雑誌を捲っていた。俺がいた頃には部屋にこもっているのが普通だったのに、いつの間にこんなにオープンになったのか。ただいま、と声をかけると、こちらには一瞥もくれないまま「おかえり」と低く返事をした。
 妹が雑誌を読んでいるときは、一瞬でも視線を向けてはならない。気配を覚られれば即座に「お兄、キモイ」と鋭い言葉が飛んでくる。彼女が小学校の高学年になったあたりから、それが日常になった。母ははじめこそ妹の暴言を叱っていたが、次第に「思春期の女の子ってこんなものよ、本気にしないで流してあげてね」と俺のほうに大人の対応を求めるようになった。実際俺はすでにいい年だったので、いちいち相手にすることはなかったが、まったく気にしないというわけでもない。以来、早く家を出て妹の不快感をなくしてやらなければと思うようになった。
 自分の要塞のような部屋ではなく、家族の共有スペースである居間でくつろいでいるということは、俺が出ていったことでかなり楽になったのかもしれない。
「お母さん、裏のおばさんに呼ばれていった。当分帰ってこないよ」
「そう。なんか野菜取りに来いって言われたんだけど」
「知ってる。台所にビニール袋あるでしょ、それだから」
 すごいな、会話になった。密かに感動を覚えながら件の袋を見つけて覗き込む。キャベツが丸ごと入っていた。独り暮らしなら、暫く三食キャベツを食べ続けることになっていたかもしれない。それも切っただけとか、何の工夫もせずに。
「ありがとうって、母さんに伝えといて。あと土産、ここに置いとくから」
「ん。もう帰るの?」
「他に用事がないなら」
 あまり長く居座っては迷惑だろう。妹の休日を邪魔するわけにはいかない。ところが当の本人が、もうちょっといたら、と言う。
「この後何か用事あるの?」
「何も」
「だったらせめてお母さんに顔見せときなよ。なにかとお兄のこと心配してるよ」
 平坦な口調と、紙の擦れる音。どこまで本気なのかわからないが、とりあえずはここにいることを許されているのだろうか。けれどもどこにいたらいいのかがわからず、途方に暮れる。ここに住んでいた頃、俺はどうやって暮らしていたのだったか。
 キャベツを睨むふりをして立ち尽くしていると、妹が大きく息を吐いて、体を起こした。
「そんなところに立ってないでよ、落ち着かないじゃん。お茶淹れてあげるから、こっち来て座れば」
「あ、ああ。ごめん」
「お茶っていうか、コーヒーでいいよね。お兄って砂糖とか入れる人だっけ」
「いや、何も入れない」
「ふうん。すごいね、こんな苦いの何も入れずに飲めるなんて。さすが大人だ」
 あまり感心しているようには聞こえない。直後の「そこにいたら邪魔」のほうが感情がこもっているように思う。気を遣わせているのが申し訳なくて、早く帰りたい。帰る場所はすでに実家ではない。
 これ以上妹を苛立たせたくなくて、言われた通りに居間に来た。ソファの上に、開きっぱなしの雑誌が放置されている。あまり見てはいけないとわかっていながら、紙面から目が離せなくなった。
――カネコ君、だよな。
 すんでのところで声には出さなかった。でも口は開いた。そこに大写しになって微笑んでいるのは、いつも見ている顔で、でも少しだけ違った。家ではもうちょっと幼いというか、懐っこい笑い方をする。仕事用の表情を見るのは初めてではないけれど、こんなに大きく雑誌に載っているのを見たことはない。
――芸能人なんだなあ。
 しみじみと眺めてしまった。ここがどこであるかを、すっかり忘れて。
「お兄、まだ突っ立ってたの」
 呆れたような声が、俺を現実に引き戻した。しまった、勝手に雑誌を見ていたと知ったら、どんなに罵られるか。ああでも、いっそ出ていけと言われた方が楽なのか。軽くパニックになり動けないでいると、妹は持っていたカップをテーブルに置きながら、ああ、と言った。
「見た?」
「……見えた、けど」
「見たところでわかんないでしょ、お兄には。なんか世間のことに疎そうだよね」
 予想していたような罵倒はなかった。世間のことに疎いのは事実で、そこに嘲りはない。ソファに座って雑誌を抱え直した妹は、「座ってよ、邪魔」と何もなかったように言う。
 俺が礼を言ってコーヒーを飲む間、妹はまた雑誌を見ていた。ページは捲らない。しばらく先ほどのページから進まない。心なしか口の端が緩んでいるような……いや、あまり観察してしまうと今度こそ気持ち悪がられる。
 そうだった、と心の中で呟いた。俺は家を出る前から、カネコ君を知っていた。芸能人に、まして舞台俳優になど興味はなかったが、妹が彼のファンであったことはわかっていた。彼女がうっかり居間に放置していた舞台のパンフレットと写真を、さっきのように眺めてしまったことがあったのだ。そのときは、何見てんの、キモイ、最低、と容赦ない言葉を浴びせられたものだが。
 妹の罵声と、カネコ君に関する一番最初の記憶はセットだ。もちろん当時は、後にカネコ君が俺の住むアパートに転がり込んでくることなど考えてもいない。考えられるはずがない。
 住みついている現在だって、彼が人気の俳優であるという事実は夢のようなのに。そんな人が一緒に暮らしていて、しかも俺を好いてくれているなんて、おかしな話だ。彼の立場のために秘密にしているというよりは、俺が信じがたいから誰にも話せないというほうが、割合としては大きい。
「ごめん、やっぱり帰る。コーヒーご馳走様、美味かった」
「え」
 華やかな仕事をしていて、妹のようなファンもたくさんいて。そんな人間と俺が一緒に住んでいられるはずがない。そもそもカネコ君は俺ではなく、俺の前にあの部屋に住んでいた住人に会いに来たのだ。いつ出ていっても不思議ではない。まして俺に懐くなんてありえない。
 ありえないけれど、そこが帰りたい場所になってしまっている。実家にいたくないのではない。居づらいけれど、そうではない。今、急にカネコ君に会いたくなった。彼がいるということを確かめたくなったのだ。
「待って、お兄。お母さんには」
「後で電話する。せっかくの休み、邪魔して悪かった」
「別にそんな」
 挨拶もそこそこに外に出て、駅まで走った。改札を通ってから、何のために実家に行ったのかを思い出した。野菜の入った袋は、台所に置きっぱなしだ。――まあいいか、キャベツくらい。
 駆け込んだアパートの、俺の部屋は鍵が開いていた。飛び込むと彼が、カネコ君が、目を丸くして立っている。これから出かけようとしていたようだった。
「うわ、びっくり。……おかえり、イヌマさん。実家行ったんじゃなかった?」
「か、カネコ君は、どこに」
「どこにって、稽古。あ、着替え足りなくなったから、とりに一回帰ってきたんですよ。それで」
「ここに帰ってくるのか」
 何も考えずに、思いついた問いをとにかく投げつける。出かけたいのに立ちふさがっているのは邪魔だったろうし、突然わけのわからないことを訊かれれば戸惑うだろう。普通はそうだ。罵倒され、愛想をつかされたって仕方がない。俺はそういう常識の中で生きてきた。
 でもカネコ君は、ここに来たときから俺の常識とはかけ離れた人で。
「当たり前でしょ」
 今だって、俺に雑誌で見たのとは違う笑みを向けている。
「ちゃんとイヌマさんのところに帰ってくるよ」
「……そうか。そうかあ……」
 力が抜けた。今日一日分の疲れがどっときた。大丈夫? と大きな目が俺の顔を覗き込む。
「実家で何かあったの?」
「いや、何も。いつも通りだった」
 いつも通り、落ち着かなかったよ。そこまでは言えなかったが、カネコ君は何か察したのか、俺の手をとった。
「俺、もう行くけど。落ち着いたらメッセージ入れといてね」

 貰うはずだった野菜を実家に置いてきた、大きめのキャベツだったと伝えたら、カネコ君は「貰ってきてたら近々ロールキャベツしたのに」と返してきた。やっぱり焦らず持ち帰ってくるんだった。
 家のことを詳しく話したことはないし、今日も話すつもりはない。どうでもいいやりとりをしているうちに、やっとゆっくりと息を吐くことができるようになった。
 返信がなくなった頃、タイミングを計ったように母から連絡があった。本当に来てたの、と疑っていた。無理もない、証拠はどこでも買えるような土産と、妹の淹れてくれたコーヒーの客用のカップだけなのだ。
「野菜、ありがとう」
「ありがとうって、持っていってないのに」
「気持ちはありがたかったよ。忘れていってごめん」
「置いてって大丈夫なの? ちゃんと食べてる?」
 心配されているのは本当のようで、でもそれは心配しなくてもいいことで、適当に返事をして電話を切ってしまえばひとまず済むはずだ。そうしたらまたしばらくは、実家には行かなくてもいい。
「置いていったの、送ろうか」
「いや、いいよ」
 そっちで処分してくれれば、と言いかけて、やめた。そうすれば実家に手間をかけさせないし、行かなくてもいい。居心地の悪さに緊張することもない。だけど。
「……これから、また行くから」
 行って帰ってきたら、ロールキャベツが食べられるかもしれない。頭の中にあったのは、そんな単純なことだった。



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posted by 外都ユウマ at 15:18| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

レナ先生のいる夏の家 2

 氷の入ったミントティーと、小皿に丁寧に盛り付けられたクッキー。どうぞ、と勧められるままに一口ずついただくと、その美味しさに肩の力が抜けた。
「美味いだろ。今朝一番に焼いたクッキーなんだ」
 正面に座った子供が得意気に言う。暗い青色の髪は夏の夜、瞳は絵葉書で見た海のような色をしている彼は、レナ先生とは似ても似つかない。けれども随分親しいようで。
「グリン、初めて会うお客様に対する言葉遣いじゃないよ。礼儀正しくね」
「わかってるって。紳士的に振る舞いなさい、だろ」
 口をとがらせる子供の頭を、レナ先生は持ってきた紙の束で軽く叩く。そしてたった今武器にしたそれを、テーブルに置き、私のほうへと押しやった。
「こちらが原稿です。次回からは郵送しますね」
「ありがとうございます。拝見しても?」
「どうぞ。お茶もクッキーもまだありますから」
「いえいえ、おかまいなく」
 と言いつつも私は片手に原稿、もう片方の手にグラスを持ってしまう。並ぶ文字を目で追いながら、爽やかな風味を喉に通す。ああ、なんて美味しい。気づけばクッキーももう一枚齧っていた。
 綴られた物語は、そんな明るい夏の昼間を、真っ黒なクレヨンで塗りつぶすような不気味なものだったけれど。この人は間違いなく、ホラー作家のレナ・タイラスなのだと思い知らされる。粘ついた沼に引きずり込まれるような感覚が、先ほどまでとは違う緊張感を私に与える。
 読み終わったとき、なぜか小皿にクッキーが増えていた。いつのまにか追加してくれたらしい。
「あ、すみませんでした」
 慌てて謝る私に、レナ先生はにっこりした。穏やかで、邪気のまったくない笑み。どこまでも作品とギャップが大きい人だ。
「真剣に読んでくれていましたね。嬉しいです。……面白かったですか?」
「怖くて夜道を歩けませんよ。でも先が気になってどんどん読んじゃう。あ、念のため表現とかは問題ないです」
「そうですか、良かった」
 刺激の強い作品を書く人だから、簡単なチェックは原稿を受け取ってすぐにやっておくように。数少ないまともな引き継ぎ事項だ。簡単といってもどこまでやればいいのかわからなくて、わざわざ校閲部へ行って自主研修をしてきたのだが、実際の原稿は思っていたよりマイルドだった。
 怖かったけれど。今までに読んだレナ先生の作品に、引けを取らない怖さだったけれど。なんとも力のある掌編を仕上げたものだ。マイルドなのは使っている言葉で、そこから引き出される想像は自分の頭が再生したもののはずなのに鳥肌がなかなか戻らない。掲載したら、きっとまた大きな話題になるだろう。
「読者の反応が楽しみですね。先生のファン、明らかに増えてますし」
「そうですか? 人を選ぶものを書いてると思うんですけど」
「お話の展開が面白いですもん。私、先生の担当になれて良かったです。責任も重大になっちゃいましたけどね。私がモチベーション下げるようなことしたら、先生、遠慮なく言ってください」
 担当とすれ違いが起きてしまい、それがきっかけで書かなくなってしまう作家もいる。先輩はレナ先生と本当に上手くやっていた。弊社からヒット作を連続して出せたのは、そのおかげもいくらかあるだろう。私が不安なのは、その状態を壊してしまうことだ。レナ先生が今まで通りに書けるようにしなくては。弊社からいい本を出せるようにしていかなくては。私は膝の上で拳を強く握りしめた。
「じゃあマトリさん、僕から一つお願いです」
 ぴん、と人差し指を立てて、レナ先生が言った。私の名前を呼んで。そういえば、先輩のことも名前で呼んでいたっけ。はい、と返事をした私に、笑顔のまま続ける。
「ときどきここに遊びに来てください」
「遊び、に?」
「はい。ドネスさんは忙しくて、なかなかここまで来られることがなかったので。もちろんマトリさんが忙しければ、無理にとは言いません。でも、こんな大きな家に住んでいて、お客がいないのはちょっと寂しいんです」
 独り暮らしですし、とレナ先生は肩を竦める。すると私の疑問を、私より早く子供が口にした。
「俺がいるじゃんか。毎日でも泊まるのに」
「グリンにはお父さんとお母さんがいるでしょう。ちゃんと帰らないと」
「でもさ、俺、助手だよ? 母さんにも先生をよく助けるようにって言われてるしさ」
「それでも家があるなら帰らなきゃ。……ああ、すみません。この子は僕の助手で、グリンテールといいます」
 子供はレナ先生の家族ではなかったのか。助手、とはどういうことだろう。子供の視点に立ったネタ出しでもしてくれるんだろうか。
「よろしく、マトリさん。俺は大抵ここにいるから、マトリさんが遊びに来てくれるならよく顔を合わせることになると思うよ」
「は、はあ……。ていうか、私が来て邪魔にならないんですか。先生はもっと静かにひとりで作品を仕上げているのかと思っていました。編集部でも、先生のお顔を知らない人が多かったですし」
「そんなことはないですよ。たしかに、外に出るのは渋っていますけれど。グリンが来てくれるから、うちは毎日賑やかですしね」
 たしかに、このグリンテールという子がしょっちゅう出入りしているなら、まずひとりで黙々と仕事をするというわけにはいかないだろう。むしろ子供の相手をしながら、よく物書きができたものだ。
「それに、ここにはいろんな人が来るんです。僕はそれでも仕事ができますから、マトリさんもどうぞいらしてください。クッキーも、お好きならケーキでもアイスクリームでも、たくさん用意して待ってますから」
「いえいえ、作家さんにそんなことさせるわけには。……先生、いつお仕事してらっしゃるんですか」
「いつだってしてますよ。さぼってるように聞こえるかもしれませんけど、心配しなくてもちゃんと」
 先生の仕事のしかたは、私には想像できないような独特のペースがあるのだろう。子供がいても気にせず、お菓子を作っても有効に時間を使える、そういうやりかたが。それは私が口を出すことではない。私は私の仕事を全うすればいいのだ。
 改めて挨拶をして、この家を辞する。庭に出て大きな屋敷を振り返る。一人で住むには広すぎる家は、お客が複数来てやっとちょうど良さそうだけれど、そもそもレナ先生はどうしてこんなところに住んでいるのか。
「謎の多い人だなあ……」
 暮らしのことだけではない。先生にまつわる妙な点は多く、けれどもどれも私のようなぽっと出の新担当が踏み込んでいいものかわからず――おそらくは余計なことをしないほうがいい。私たちの関係はあくまで仕事相手なのだから――今後の付き合いについては模索して、ちょうどいい距離を掴み保っていかなければならないだろう。
 そう思っていたところへ、おーい、と背中に声がぶつかる。マトリさん、と呼ばれたので振り向いた。さっきまで聞いていたのだから、見ずとも声の主はわかっていたのだが、ぎりぎりまで気づかないふりをしたかったのだ。
「これ、先生がお土産にって」
 グリンテール少年が、両の掌を広げてくっつけたくらいの大きさの包みを、私に向かって掲げていた。可愛らしいラッピングは、これも先生のお手製なのだろうか。だとしたらセンスがいい。
「ありがとうございます。でも、こんなに気を遣っていただかなくても」
「先生、お客さんが来るとすごく喜ぶから。だからマトリさん、本当に遠慮しないで、仕事の用事以外でも遊びに来てよ」
 ニッと笑う少年から包みを受け取り、私は笑顔を作って頷いた。こちらが距離をとろうとしても、この子は、先生も、詰めてきそうだった。正直、やりにくい。
 そんなことを考えながら鞄に入れた包みはやけに重くて、甘ったるい匂いは罪悪感を呼んだ。先輩は何故、私にレナ先生を任せたのだろう。


 かたちのあるものを作る人は素晴らしい。彫刻でも、絵画でも、文章でも。中でもわたしは文章がいっとう好きだ。美しい文章、心が躍るような物語を書き残せる人というのは、輝いて見える。
 その輝きが永遠のものであればいいのに。そう願うけれど、なかなかうまくはいかないものだ。作品が素晴らしいからといって、作家本人までもが聖人であるわけではない。残念なことに、純然たる清廉潔白というのは、案外実在しないものなのだ。
 であれば、美しい作品を、その人の生涯で最も美しい瞬間のまま永遠のものとして残すことができれば、夢や憧れが壊れることはないのではないか。それどころか、人々によってより美化され、しかもそれが否定されることのないまま、伝説となることができるのでは。
 わたしはわたしの素晴らしいと思う作家を、伝説の人として昇華させて差し上げたい。綺麗なものは綺麗なまま、作品と一体となって保存されればいい。誰の夢も傷つけない、最期まで誉れ高い存在であるように、お手伝いさせていただきたい。
「……大きな賞をとって、素晴らしいスピーチをして。国中があなたの輝きに注目している今こそ、あなたの喪失は惜しまれて伝説になる」
 血だまりの中に伏す、昨晩の文学賞受賞式で大賞をとった作家。賞をとるよりもずっと前から、わたしはあなたの作品が好きで評価していた。いつか誰もが認めたときこそ、伝説になるべきだと思っていた。それが今夜、果たされたのだ。
 作家の突然の死は新聞記事を飾り、多くの人が悲しみ、思い出とともに作品について語り合うだろう。こんなに素晴らしい作品を書く人格者であったと褒め讃えるだろう。それこそが理想の「喪失」。最上の美談。わたしが手伝い、綴られる、リアルな物語。
「ありがとうございました、先生」
 さようなら。でも、ご安心を。先生の魂はいつまでも人々の心に生き続けますから。
 手伝いが失敗してしまったこともある。作家が生き延びてそのままフェードアウト。それはそれで物語として成立しないでもないけれど、わたしはより理想的な結末を見たい。
 せっかく、サイン会で大勢のファンの目の前で命を落とすという衝撃の展開を用意しようとしたのに。あの人は控えていた編集者に庇われ、その後二度と人前には出なくなった。当時の名前で作品を発表することもない。
 でも、わたしにはわかっている。彼は文壇に戻ってきていて、新たな作品を新たな名前でよにおくりだしている。ジャンルと文章の癖が変わっていないのだから、気づかないはずがない。だから現在の名前が広く知れ渡り、再び表に出ることになるその日が、彼が今度こそ伝説になるときだ。わたしが間違いなく伝説にしてあげる。
 それがあなたと世界のためになる。あなたを讃える世界を、わたしが見ていてあげる。その日が来るのをわたしは待っていてあげるから、あなたもわたしを待っていてね。
「レナ先生。また必ずお会いしましょうね」
 月のない夜を歩きながら、一度だけ目が合ったあなたに約束した。



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posted by 外都ユウマ at 02:06| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月04日

イヌマさんとカネコくん 〈二重生活〉

「イヌマさんって恋人いたことある?」
唐突な問いに、危うく口に入れたパンの欠片をこぼしそうになった。もうとっくに三十代のおっさんだというのに。
そうすると、そのおっさんに遠慮なく過去の恋愛遍歴について尋ねるこの若者はなんなのだろうか。
「学生の頃はね」
口許を拭って、冷静を装い答える。だがそれも今更で、こちらの動揺をにやにやと窺いながら、まだ二十代も前半の彼は「へー」と軽い相槌を打つ。
「じゃあそれ以降いないの?なんで別れちゃったの?」
「朝からうるさいよカネコ君。君こそ彼女とかいるんじゃないのか」
「俺はいませんよー。カノバレしてエンジョーするとまずいし」
けらけらと笑い、彼はこちらが分からない言葉を操る。意味をやっと手繰り寄せ、炎上という言葉とSNSが結びつく。
「血縁でもないおっさんの家に住み着いてるのは、炎上の原因にはならないのかい」
「さあ?そういう例にはまだ当たったことがないからなあ」
フレンチトーストの最後の一口を飲みこんで、彼は目を細める。シワの少ない顔だが、笑うと目尻がくしゃっとなる、その表情がいいのだと年の離れた妹は言う。
妹は彼のファンだ。彼の出演する舞台は可能な限り見に行くし、ブロマイドは大切にしている。少しでも覗こうものなら「お兄、キモい」と一蹴される。
本人がうちに住み着いてるとも知らずに。
「イヌマさん、俺今日バイトの後稽古ね」
「じゃあ晩飯は外だな」
「だねえ。イヌマさんのご飯が食べられないのは残念」
「カネコ君が作った方が美味いじゃないか。これだって」
「簡単だよ、これ」
ごちそうさまでした、と手を合わせ声を揃え。朝食が終われば、それぞれの生活へ。
彼は役者、俺は会社員。奇妙で誰にも話せない生活は、彼と俺のあいだでゆるゆると続いている。
「いってきます、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、いってきます」
その言葉で、毎朝切り離しつつ。
posted by 外都ユウマ at 23:42| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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