2017年04月02日

鬼の娘の帰宅

僕には娘がいたことがない。息子だって、実の息子ではなく、正確には甥だ。
女の子がうちにまったく出入りしなかったわけではない。なにしろうちは剣道場で、子供たちを集めて稽古をしている。その中には女の子だっているのだ。
それに昔は、――そう、だいぶ昔のことになってしまったけれど、僕には妹がいた。気は強く、けれども人嫌いで、この町も出られるようになったら出て行ってしまった妹。彼女はもう、生きてはいない。
そういうわけでこの家に女の子が住むことは長らくなかったのだが、このたび、新たに入居することとなった。
「本日よりお世話になります。よろしくお願いいたします」
育ちが良いことは、彼女を見ても、彼女の父――唯一の家族だった――を見ていてもわかる。大切にされてきた娘さんを、はたして僕が預かっても良いものか。
いや、もう議論はし尽くした。彼女の父親が家を手放してこの国を離れ、彼女がこの町に残ると決めた以上、住む場所は必ず必要だ。そしてそれは、妹が生きていればこの家だったかもしれないのだ。
園邑千花。彼女には僕と同じ血が流れている。彼女は、僕の姪である。

事情は少々複雑だ。そして多分、普通ではない。
僕が育てた甥、いや息子は、もとはといえば妹の子だ。僕の知らない人との間にできた子を、妹が連れ帰って、この家に置いていった。それからは僕の子として育てていた。
その次の年に、妹は事故で命を落とした。だが、その直前に出産していたらしいのだ。生まれたはずの子供がどうなったのか、それから十五年はわからなかった。しかし、本当はすぐ近くにいたのだ。
乳児は同じ町の夫婦の手に渡り、育てられていた。育ての母は早くに亡くなったそうで、父が一人で彼女の成長を見守り続けてきた。彼にとって、突然に授かった子は、大切な宝だった。
まさか僕の息子として育った海と、よその娘として育った千花さんが、高校で出会い恋愛関係になるなんて、誰も予想できなかったことだった。
海と千花さんは自分たちが本当は兄妹であるということを知ってもなお、付き合い続けることを選んだ。そしてあろうことか、大学を卒業し、父とも離れなければならなくなった千花さんを、僕のところに住まわせるという提案をしてきたのだ。
もちろん話し合いは、家族ぐるみで慎重に進めた。本人たちの意志が固く、改めるつもりなど全くないということがわかってしまってからは、僕も園邑さんも何も言葉を返すことができなかった。
元はと言えば、彼らが兄妹であることを知ってからも隠し続けた、僕らに非があった。子供たちは十分に悩み苦しんで、乗り越えようとしたのだ。
僕らはその責任をとらなければならなかった。これがそれにあたるかは、まだわからないけれど。

「千花さんにはこちらの部屋を使っていただきます。客間ですが、今日からはここがあなたの部屋ですから、自由にしてください」
この家は広い。空いていた部屋に彼女を通すと、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げ、持参した荷物を広げ始めた。そして、ふと手を止める。
「先に運んでいただいた荷物は、どちらに?」
「ああ、まだ部屋に入れていなかったんです。先に入れておくべきでしたね」
「いいえ、あまりお手を煩わせてもいけませんから。どうせ本や洋服ばかりなので、とくに急ぐこともありません」
にっこりと笑う彼女は、妹に――葵に似ているような気もするし、そうでもないようにも思う。なにしろ葵が笑ったのを見たのは、子供の頃以来だ。まだ僕らの母親が生きていた頃。それは随分と遠い日で、僕の記憶にはほとんど残っていなかった。
千花さんはすでに二十二歳。今年で二十三歳になる。幼い葵の面影を重ねられないのも、当然のことだった。ただ、海によれば、声は似ているのだという。
海は葵を知っている。葵は人間としては死んでしまったけれど、鬼になってこの世に留まっているのだ。強くこの家と町を呪う、呪い鬼として。普段、彼女はこの家に封じられている。海は葵と関わることのできる鬼の子だが、彼女のことを憎んでいた。
それでも千花さんを選んだのだ。彼女を愛しいと思って。ずっとそばに置くつもりで。
「はじめ先生、どうかしましたか? まだ、私を住まわせること、迷ってます?」
我に返ると、千花さんが僕の顔を覗き込んでいた。僕は驚きを表さないようにして、首を横に振る。
「いいえ、なんでもありません。それより、先に食事にしましょう。手伝っていただけますか」
「もちろんです。私がお役に立てるかどうかはわかりませんが……」
料理は苦手で、と言う彼女に、大丈夫ですよ、と笑う。なんとか笑ったつもりだ。
千花さんは葵には似ていないかもしれない。けれども、母には似ているような気がした。

海はまだ学生だ。今年が最後の年になる。だから千花さんと二人の生活は、これから一年だけ。
そのあいだに慣れておかなくてはならない。僕も、彼女も。
道場をやっていることもあって、この家の生活は少々変わっている。それを千花さんに教え、僕も千花さんのことを知らなければならない。なにしろ今まで暮らしてきた環境が大きく違うので、生活の齟齬は必ず生じるだろう。
そう思っていたのだが、千花さんはすでに海からこの家のことをよく聞いているようで、家の前や道場の掃除のことも、多くの人が出入りする都合も、こちらが思っていた以上に把握していた。
「海さんのお部屋は掃除しておかなくて大丈夫なんでしょうか」
「したほうがいいけど、たまにでいいですよ。本人が触られたくないものもあるかもしれないので」
「触られたくないものって何でしょう? 興味あります」
そして僕に対しても、あまり遠慮がなかった。戸惑っているのは僕ばかりのようだ。
女の子にどう接していいかわからないので、千花さんが来る直前は須藤家に通い詰めて相談をしたりもしたものだけれど、そういえばそのたびに、春さんに叱られたっけ。
――はじめ先生、千花ちゃんなら大丈夫です。そんなに心配しすぎたら、千花ちゃんが過ごしにくいですよ。決めたのならしっかりしてください。
そう言う春さんは、すでに自宅に同居人を入れるための準備を進めていた。須藤さんの家も、春さんの結婚を機に環境が変わるのだ。早すぎるような気もするのだけれど、結婚。
「はじめ先生」
「はい、なんですか」
「先ほどから、度々遠い目をされるので。やっぱり、私が来るのはご迷惑だったのでは」
千花さんが申し訳なさそうに僕を見る。いけないいけない、春さんの言う通り、しっかりしなければ。僕が彼女と二人で暮らすのは、海が帰ってくるまでだ。それまで気を確かにして、落ち着いて対応していれば、きっと僕も慣れるはず。
「迷惑ではないですよ。葵が今も生きていれば、千花さんはここで育ったかもしれないんですから」
「葵さんが……。そうですね、葵さんは私を手放すためにこの家に向かう途中で事故に遭ったのでは、と言われているのでしたね」
いけない、話題を間違えた。僕が別の言葉を探していると、千花さんは何故かちょっと笑った。笑う要素なんて、どこにあっただろう。
「あ、すみません。実は以前、私も葵さんに会おうとしたことがあったんです。まだ葵さんが私を産んだ人だと知らない頃ですが」
知らなかった。それに、彼女は葵に会えるのだろうか。おそるおそる、僕はもう一度口を開く。
「……千花さんは、まだ鬼が見えるんですか。海のように」
「いいえ、私は高校生の頃にはほとんど見えなくなっていました。春ちゃんと同じです。たぶん、葵さんのことも見えないと思います」
親を亡くした子を、この町では「鬼の子」と呼ぶ。鬼が親代わりとなって、子供の前に姿を現すからだ。僕と葵もそうだった。小学生の頃に母を亡くし、しばらくは鬼が見えていた。
ただ、僕は高校生になる頃にはあまり鬼を見ることはできなくなり、葵は鬼を見続けていた。鬼を嫌っていた葵のほうが、鬼の子としての力は強かったのだ。その力はどうやら海に受け継がれたようで、海は二十四歳になろうとしている今でも、礼陣に帰れば鬼を見る。
千花さんは葵よりも僕寄りだったのかもしれない。ごく一般的な、年齢を重ねれば自然と鬼を見ることがなくなる鬼の子。兄妹だと力が偏るのだろうか。
「見えないとわかっていて、どうして会おうと?」
「海さんのお母さんだから、ですかね。あの人は頑なに認めようとしなかったけれど、血が繋がっているのはたしかです。私は、両親と血縁にありませんから。勝手に羨ましがっていたのかもしれません」
たとえそれが呪い鬼でも、千花さんにとって葵は海の母に違いなかった。けれども、海はそう思ってはいなかったから。
「会おうとして封印の部屋に行こうとしたら、怒られてしまいました。危ないからって」
「そうですね。……今の葵は、普通の人間が近づいても危険です。そうしてしまったのは、僕ですが」
葵の呪いは僕らが彼女の味方をしなかったから生じたものだ。彼女の悲しみを理解しようとしなかったからああなってしまったのだ。最初から葵についててやったなら……とは、何度も思ったことだった。
「はじめ先生のせいじゃない……なんて無責任なこと、私には言えません。でも、あんまり自分を責めていはいけないと思いますよ。だって、葵さんがこの町を恨むことがなければ、海さんや私はいなかったかもしれないんですから」
もう考えても仕方ないことです、と千花さんははっきり言った。僕よりも、海よりも、毅然とした態度。これは育て親のおかげだろう。
「千花さんは、葵を母親だと認めてるんですか?」
「産みの親であることはきっと事実なんだろうなと思っています。でも、私が母と呼ぶのは、私を育てると決めた人だけです。葵さんは、葵さんです」
そしてこういうところは、少し海に似ているな、と思う。

千花さんと二人の夕食は、静かなものになるだろうと思っていた。けれども千花さんがあれこれと話してくれたおかげで、寂しくはなかった。話題の引き出しが多いのは、ラジオに関わっている人間だからだろう。常に話すことを考えているのだ、この子は。
「千花さんはお父さんとも、こうしてお喋りを楽しみながら食事を?」
「それができればよかったんですけど。父は仕事が忙しくて、あまり一緒に食事をすることがなかったんです。ご飯はもっぱらお隣の、葛木さんのお家でいただいていました。お喋りが多いのも、葛木さん一家のおかげです」
そういえばそうだった。しかし、僕の失言を千花さんは気にせず、笑顔で応じてくれるのだった。そしてまた楽しい話を始める。海も、彼女との会話は楽しいだろう。
なにしろ僕も海も、あまり話すのは得意ではない。葵もそうだった。……いや、葵はきっと、言いたいことがあっても言えなかったのだろう。話す相手がいなかったのだ。
千花さんなら、葵と話せただろうか。まだ、彼女に葵が見えたなら。
「……千花さん。良かったら、葵の部屋の前でも、何か話してやってくれませんか。僕らにはできなかったことを、君なら……」
ずるいことだとわかっている。僕がこれまで逃げてきたことを、来たばかりの彼女に押し付けようとしている。それでも千花さんは、嫌な顔一つしなかった。
「お話しても、いいんですか? 葵さんと?」
「ええ、ぜひ。部屋の中は危ないので、外から話しかけることになりますが」
「もうあんまり危なくないって、春ちゃんからは聞いてますよ。呪いは弱くなっているって」
そうらしい。けれども、僕にはそれがわからないから、正しい判断ができない。それに葵は、まだ僕を恨んでいるはずなのだ。
「……ねえ、はじめ先生。一年かけて、一緒にやりませんか」
「一緒に?」
「葵さんの呪いを弱めるんです。一緒にお話するんです。お兄さんのあなたが、諦めちゃだめですよ。それじゃあ、葵さんが生きてた頃の繰り返しになってしまいます」
千花さんが微笑む。この子は、どこまで知っているんだろう。きっと春さんや海が、話せることは全て話したのだ。そうして千花さんは、進道の家に入ることを決めたのだ。
「この町には鬼がいる。……人が不慮の死によって鬼と成り、第二の人生を生きる。やり直しがきくんです、それを利用しないでどうするんですか」
可愛らしく儚い、花のような外見で、なんてしたたかな子だ。
彼女は確かに礼陣の子だった。
「だから、一緒にお話しましょうね。一年かけて、ゆっくりと」
彼女の存在で、進道の家は変わる。臆病だった僕らを、彼女が支えてくれる。
僕は彼女を支えられるよう、この家の長として、立っていなければならない。海が帰ってくるまで。

進道家に、この家の血を引く女性が帰ってきた。



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2017年03月04日

赤青メゾネットシェア

 築十年、一棟三戸のメゾネット。リノベーション済みで内装もきれい。一階にリビング、キッチン、風呂とトイレがあり、二階に洋室が二つ。これで家賃五万円に共益費が月二千円。水道代が定額。通信費は不動産屋での契約時にサービスで割安に。先立つものが少なく済むのはありがたいし、このあたりの相場からいってもこれはたぶんお得。近くに学校があるから、学生向けのシェア可能な物件として出しているのかもしれない。
 しかし、実際に住んでいるのはそんな時代なんぞ終えてしまった人間だったりする。すまない、学生諸君……。
「こきひ。こきひってば。何寝ぼけてんの、今日出勤じゃなかったっけ」
「……しゅっきん? はなちゃん、今何時?」
「七時半」
 うぇあ。土曜日だからアラーム鳴らなかったんだ。いつもなら休みだものね、土曜日。跳ね起きたわたしの奇声も慣れたもので、はなちゃんは開けたカーテンをタッセルでくるりとまとめている。飾りのビーズが、朝日を反射して輝いた。
「はなちゃん、起こしてくれてありがとう! はなちゃんいなかったら遅刻だったよ!」
「いいから、朝ご飯食べな。もう下に用意してある」
「何から何までありがとう!」
 どたどたと階段を駆け下りても、階下の人に怒られることはないというのがメゾネットのいいところだ。もしかしたら隣の人には迷惑をかけているかもしれないけれど、苦情は今のところはない。
 リビングに用意してあったトーストにミニオムレツをのせ、ケチャップをかけて頬張る。オムレツはチーズ入りで嬉しい。食べながら、ハンガーにかかっているブラウスにアイロンがかけてあることを確認する。昨日の夜、きちんと準備したはずなのに、目覚ましのアラームだけを忘れたらしい。二度寝の癖があるわたしは、アラームをかけていても時々寝坊するのだけれど。
「帰りに玉子と台所用洗剤買ってきてくれる?」
「オーケー! でも一応メッセージ送っといて!」
「スマホ忘れないようにね」
 ベッドの上に置きっぱなしだったスマホは、いつのまにかテーブルに移動していた。はなちゃんが持ってきてくれたのだ。支度を超高速で終わらせ、スマホを引っ掴んでポケットへ。
慌ただしい朝でも、玄関での儀式は忘れない。
「いってきます、はなちゃん」
 見送りに出てくれた彼女に抱きつかないと、わたしの気力はフルチャージできない。呆れたような「いってらっしゃい」がないと、職場までダッシュする気にならない。
 まあつまり、わたしとはなちゃんは、少なくともわたしは、はなちゃんにラブラブなのである。すまない、真面目な学生諸君。

 わたし、南瀬深緋と同居人の北杜縹が知り合ったのは、就職活動中のことだった。とある企業の書類選考を突破した先の一次面接日、それがわたしたちの運命の日だ。
 まったく通過できる気配のない散々な面接を終えたわたしは、会社のロビーで転んで鞄の中身をぶちまけた。周りの人にも笑われて、人生最悪の日だと泣きそうになったそのとき、助けてくれたのがはなちゃんだった。黙って素早くわたしのノートやらペンケースやらを拾い、差し出してくれた姿はさながらリクルートスーツの女神だった。彼女を追いかけて社屋を出たわたしは、すぐにアタックを仕掛けたのである。――お礼がしたいので、もし時間があったらお茶でもしませんか。
 今思い出しても恥ずかしいほどの勢いを、はなちゃんは「次の面接まで少し時間があるから」と受け止めてくれた。そうして近くにあった喫茶店に入り、自己紹介と、連絡先の交換をしたのであった。これからも一緒に就職活動頑張りましょう、とそう言ってその日は別れた。でも、わたしはそれ以降、はなちゃんのことで頭がいっぱいだった。就職活動の進捗状況報告にかこつけて、毎日メッセージを送るくらいには。
「北杜さん」が「縹ちゃん」になり、ついに「はなちゃん」と自然に呼べるようになった頃、わたしたちにそれぞれ内定が出た。結局、出会ったところは二人とも不採用で、それぞれ別の企業、別の業種に就くことになったのだが、それからがミラクル。なんとわたしたちを採用した会社は、同じ町にあったのである。社屋の距離もそう遠くはなかった。そもそも同じ圏内で就職活動をしていたのだから、そういうこともあり得るのだろうけれど、わたしにとってはこの上ない幸運で、口実だった。
「はなちゃん、春から一緒に暮らそうよ。同じ部屋借りて、二人暮らししよう」
 さすがにこのメッセージを送るときは緊張した。スマホの画面に指先を近づけたり離したりして、やっとのことで送信アイコンをタップした。けれどもそんなわたしの気持ちなどつゆ知らず、はなちゃんの返事はあっさりしたものだった。
「それいいね。家賃折半できたらありがたい」
 当時、わたしは実家暮らし、はなちゃんはひとり暮らしをしていた。どちらも会社には少し遠く、これを機に引っ越した方がいいかもね、なんて話は出ていたのだ。ルームシェア可能な物件を探し、二人で待ち合わせて内見に行き、惚れ込んだのが現在の住居。二人の意見が一致して、めでたく同居することになった。
 それからわたしとはなちゃんのラブラブ生活が幕を開けたわけだけれど。まさかわたしが就活中から片思いしていたなんて、はなちゃんは思うまい。


 休日出勤のこきひの代わりに、家事の一切をやるのが、今日の私の仕事だ。買い物だけは頼んでしまったけれど、やはり忘れそうなのでメッセージも送っておく。彼女は出会いからそそっかしい。床に鞄の中身を散らかして、真っ青な顔をして座り込んでいたのを見たときから、放っておけなかった。その時点では、まだ友達になるとも考えていなかったのに、いつのまにか一緒に暮らしている。わからないものだ。
 メッセージを送信して思い出すのは、一緒に暮らそうと、こきひに誘われたときのことだ。何度も連絡を取り合って、お祈りメールが届けば慰め合い、内定が出ると喜び合った。その延長線上に、寝食を共にする未来があろうとは。
 引っ越してきた当日。私が部屋の鍵を受け取り、家電を先に運び入れ、あらかじめ決めておいた部屋に自分の荷物を置き始めてから、こきひはようやく現れた。引っ越し業者の忙しいシーズンで、こきひの荷物は翌日にまわされていた。「布団もないんだよね」と困ったように笑うこきひと、その日の晩は一つの布団で寝た。騒々しいわりに、寝相は良かった。
 思えば引っ越してくる前、こきひと直接会ったのは初対面のときと部屋の内見のときの二回きりだった。どちらのときも感情の起伏が激しかったし、メッセージも絵文字顔文字スタンプのオンパレードだったので、とても賑やかな子だと思い込んでいた。それが一緒に暮らし始めて、何か違うな、と感じた。
 一度何かにのめり込むと、こきひはとんでもなく静かになる。まるでそこにいないみたいに気配を潜める。仕事が始まるまでの数日、家事を分担してやっていたときのこきひは真剣そのもので、黙っていたと思ったら掃除や料理が済んでいた、ということが続いた。
「意外と静かだね」
 そう指摘したら、手をばたばたさせたり目をきょろきょろさせたり、途端に存在感を発揮し始めた。
「あー、えっと、実はわたし、あんまり喋るの得意じゃなくて。はなちゃんと顔合わせてて、変なこと口走ると困るから、おとなしくしようって思ってたんだけど」
「そんなに変なこと考えてるんだ?」
「あんまりつっこまないでー……」
 画面上の会話とは、また違った可愛さ。会わない間は今時の女の子だと思っていたけれど、会ってみるとまるで妹のようで。それも甘えたな末っ子だ。かといって私がなんでもかんでも世話をする必要はなく、互いに立ち入りすぎなければ楽しい生活ができるだろうと思っていた。
 実際、こきひとの暮らしにはあまり不満はない。スキンシップ過多ではあるけれど、すっかり慣れてしまった。私もそれを面白がっているところがある。
「こきひ、ちゃんとお金持ってるかな」
 独り言を呟いて、「余裕があったらお酒もお願い」とメッセージを追加すると、まもなくして了解を表すスタンプが返ってきた。尻尾をぶんぶんと振る犬のイラストに、こきひらしさを見た。


 はなちゃんとの宅飲みは控えめ。わたしと二人で、缶チューハイ二本で済む。引っ越してきてから初めて一緒にお酒を飲んだ日、お互いあまり飲めなかったのだ。わたしは胸がいっぱいで入らなかっただけなのだけれど。本当はもっと飲めるのに、その後もはなちゃんに合わせるようにしていたら、自然と飲酒量は減った。
 限定品を見つけてかごに入れ、頼まれたものを再度確認。玉子と洗剤も忘れていない。ミッションを終えたら、はなちゃんに会える。毎日それが楽しみで、仕事を乗り越えているのだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
 家に帰ってきたときにただいまを言える相手がいるのが嬉しい。それに夕飯の匂い。はなちゃんが作る料理は、簡単なものから手の込んだものまで全部美味しい。全世界に自慢したくなるけれど、はなちゃんをとられてしまうのが嫌だから、本人以外の誰にも言っていない。
「お疲れ。買い物ありがとう」
「どういたしまして。お酒もあるよ」
「うん、ゆっくり晩御飯にしようか。ドラマの録画でも見ながら」
 はなちゃんと過ごす時間が好きだ。ご飯を食べながらお酒を飲み、ドラマを観て笑うはなちゃんが好きだ。はなちゃんと暮らせて良かった。一日の終わりには、必ずそう思う。
 わたしが好きでいることを許してくれるはなちゃん。たぶん、妹を可愛がる感覚なんだろう。触れるのを嫌がらないのは、はなちゃんが「そういう扱い」に慣れているからだ。でも、大きく見て愛だと思っていいよね。勝手に思っちゃう。だからわたしとはなちゃんはラブラブなのだ。
 できれば長く、この生活が続きますように。そう願ってやまない、わたしの毎日。はなちゃんはどう思っているんだろう、ってときどき考えるけれど、怖くなってすぐやめる。
 わたしはまだまだ、この幸せな日々に浸っていたいのだ。



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posted by 外都ユウマ at 14:54| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

終の話

「馬子にも衣裳とはよく言ったもんだな」と笑われるか、「似合ってるよ、綺麗だ」と微笑みつきで言われるか、どちらが耐えられないだろう。それぞれの性格をよく知っていれば、「そりゃどうも」とかわせるのだが。
「私、吉崎君にそんなこと言われたらショックで帰る。かといって綺麗だとか言ってくれる人でもないけど」
伸ばした髪を巻きながら、紗智が言う。その隣ですでに巻いた髪をさらに盛っている結衣香が、明るく笑った。
「さっちゃんには綺麗って言うんじゃない? そこまで言えなくても、似合うとは言ってくれると思うな。だってこんなに可愛いんだし」
ねえ? と投げかけた言葉を、やつこがキャッチして大きく頷く。こちらはちょうど支度が終わり、友人二人を待っているところだ。
橙色も鮮やかな晴れ着は、父が生前に娘に着せたいと願っていたものだそうだ。母が着ていたものを、丁寧に手入れして、受け継いだ。やつこが小学生になる前に亡くなった父だが、十五年後を見通す千里眼でも持っていたのか、晴れ着はまるでやつこのためにあつらえられたもののようだった。
「さっちゃんもゆいちゃんも綺麗だから、雄人も透君も感動するんじゃない? 二人の顔を見るのが楽しみだなあ」
「やっこちゃんもだよ。綺麗なんだから、今日は飲みすぎて人に絡みすぎないようにね」
「警察官が騒ぎ起こしちゃ世話ないし」
「くれぐれも気をつけます。……あ、ゆいちゃん、飛鳥兄ちゃんに写メ送らなくていいの? わたし撮るよ。さっちゃんもお姉さんに送るんだよね」
「完成してからお願いするね。どうせお兄ちゃん、あとで見るし」
「私もできてから」
先輩たちも通ってきた、礼陣の町の成人式。町に元子供たちが大人になって帰ってくる日だ。

「お、やっこじゃん。まさに馬子にも衣裳だな、とても心道館最強の称号を持つ女とは思えない」
雄人が予想通りの第一声を発してくれたので、やつこは予定通りに「そりゃどうも」という台詞と肘鉄をくらわせる。呻く雄人を紗智が心配そうに見て、結衣香は大笑いしていた。
「お前な、人の新品のスーツに何してくれるんだよ」
「そっちこそ何てこというのよ。お父さんが絶対に似合うって予言した晴れ着なんだからね」
「だから晴れ着は立派だって。宮川と志野原はその点、ガワと中身が伴ってて完璧だな。さすが北市女の大和撫子」
褒めているのだろうが、紗智は微妙な笑顔を浮かべていた。それはそうだろう、雄人は真っ先にやつこを見つけて、コメントをしたのだ。紗智と結衣香はいっしょくた。小学生の時から想い続けて、どうしてこんなに届かないものか。
もう嫉妬でやつこを逆恨みするほど子供でもないけれど、今でも悔しいものは悔しい。
「吉崎君は相変わらずだね。いつまでたっても子供っぽいんだから。それより鹿川君は? まだ来てないの?」
ちょっと呆れながら結衣香が尋ねると、それがさあ、と溜息交じりの声が返ってくる。
「待ち合わせの時間、間違って送ってて。十分後の予定だから、あと五分くらいで来るんじゃねえ?」
「バカじゃないの、雄人。何が連絡は抜かりないぜ任せとけ、よ。やっぱりグループでメッセージ流しとけばよかった」
剣道の試合になると人が変わったように真剣になる雄人だが、それはつまり普段は頼りないということだ。いや、紗智や後輩たちに慕われているから、全く頼りがいがないわけではないだろう。だが少なくとも、やつこにとっては残念な同級生なのだった。
「来ないわけじゃないんだからいいだろ。そんなに言うならやっこがもっと透と連絡とってれば。あいつ、オレと話してるときもやっこのことばっかり気にしてんだぞ」
「わたしは仕事が忙しいの。このご時世、お巡りさんが勤務時間中にスマホばっかり見てたら、すぐに問題にされちゃうんだから。この町の人ならまだしも、よその人に見つかったら大変だよ」
仕事を楯にごまかしたが、気にされているのが問題なのだ。結衣香と紗智の視線も刺さり、やつこは人混みへと目を逸らす。
待っている姿はまだ見えない。どこかで迷っているのかもしれない。彼は雄人と違ってしっかりものだが、混雑した場所は苦手なのだ。この田舎の生まれではなく、いくらか都会の隣町からやってきたというのに。
「本当に十分だけ間違えたの? もっと間違えてるんじゃないでしょうね」
「十分だけだって。だからさ、やっこはここで待っててやれよ」
「はあ?」
訝しんで振り向くと、にやにやする雄人と、合点がいったというように顔を見合わせて頷く結衣香と紗智。待ち合わせ時間を遅らせたのはわざとか、ということに思い至ったときには、三人はやつこを残して公民館へ向かっていた。
「ちょっと、それはないんじゃないの……ゆいちゃんとさっちゃんまで……」
裏切られた、とまでは思わない。たぶんこれは、雄人が透に気を遣ったのだろう。やつこの気持ちは棚か天井裏にでも放り投げて。こっちにはこっちの事情があるということを、わかっていないはずはないと思うのだが。
「まいったなあ……」
透と会いたくないわけではない。むしろ友人としてなら会いたい。直接連絡するのを避けていたのは、透に自分のことを自然に諦めてほしかったからだ。避けた時点でそれは不可能だということに、もっと早く気づいていればよかった。

そう待たずに、透はやつこだけが残る待ち合わせ場所にやってきた。「久しぶり」と挨拶を交わしてから、周りをきょろきょろと見回す。どうやらこの状態は、雄人単独での企みらしい。
「みんなはもう中に。たぶん席取っといてくれてると思う」
「もしかして待たせすぎた? やっぱりもっと早く出てくるべきだったかな」
「雄人が言った時間通りなら、問題ないんじゃない。わたしたちも早く行こう」
一刻も早く、二人きりの状況から脱したかった。何でもないように振る舞えたら、それこそ試合のときのような凪いだ心を保てたらいいのに、透を目の前にするとどうしても意識してしまう。
これが恋なんて可愛いもので済めばいいのだけれど、そうもいかないから困っている。詰めてくる距離を早足であけて、このまま遠ざかってくれればと願う。周りが思うより、事態は深刻なのだ。
「待てよ、やっこ」
「寒いからあんまり待てないよ。それにさあ、帯だけじゃなくて、内側にタオルとかいっぱい入れてるから重いんだよね。頭もこれでもかってくらい盛られたし」
「大変だな。でも、その恰好ってことは嫌じゃないんだろ。やっこなら、本当に嫌なことはしない」
背中を追いかけてくる言葉が刺さる。嫌なことはしたくない。それはやつこに残った我儘な部分で、大人になりきれていないところなのかもしれない。年齢を重ねて、この町に住む鬼たちが見えなくなって、それでもまだ自分が大人だとは思えない。
「……たしかに、嫌ではないよ。お父さんに見せたかった姿だもの」
「よく似合ってる。綺麗で、でもいつもの元気なやっこらしくて、遠くからでもすぐわかった」
「ありがと」
顔を見ずにした返事は、聞こえたかどうかわからない。予想通りの言葉に、予定通りの対応を。上手にできていただろうか。
「やっこ、全然こっち見ないな」
少し寂しそうな声は、聞こえなかったことにした。振り返れば絆される。その先には、きっと悲しい未来が待っている。
やつこは父を亡くした幼い日のことを、今でも鮮明に憶えている。「根代の家は男殺し」と言われるその通りになった、あの日のことを。

先に入っていった三人と合流してからは、昔と変わらない振る舞いができたと思う。透ともやっとまともに顔を合わせられた。いつも通りのやつこでいれば、友人たちも安心するだろう。
同級生との再会、先輩たちからのお祝いメッセージと、ちょうどよく忙しくなったことも良かった。成人式といえど、実際その日を迎えた自分たちは、まるで子供に戻ったようだ。
「雄人、海にいから来てるよ。あんまりはしゃぎすぎないように、だって」
「心道館にいた全員に送ってんのかな」
「志野原さん、着信ずっと鳴ってるけど」
「お兄ちゃんよ。心配性なんだから」
「ゆいちゃんのお兄さん、ぶれないよね」
いったいいつから大人になるのか、今日の様子を見ているとわからなくなる。先輩たちもそう言っていたことを、ふと思い出した。
「やっこちゃん。わたし、一回帰るね。お兄ちゃんがうるさいから」
「うん。あとでまた」
結衣香が式が終わってそう経たないうちに離れる。
「私も親戚のところに行かなきゃならないって。夜にまたね」
「さっちゃんもか。じゃああとでね」
紗智も行ってしまう。それなら自分も一度家に戻ろうか、と思ったとき、名前を呼ばれた。
「やっこ、もう行くのか?」
「ゆいちゃんとさっちゃんが帰ったからね。透君はせっかく帰省してるんだから、もうちょっとみんなとお喋りしてなよ」
雄人はまだどこかにいるはずだ。やつこのしらない、社台高校の同級生もいるだろう。
けれども透は、困ったように笑って、誘った。
「時間あったら、神社に行かないか。神主さんにも会っていきたい」
断る理由は、一つを除いて特になく、その一つは言葉にするのが躊躇われる。結局、神主に会うなら、ということで了承してしまった。
公民館から、商店街へ向かい、挨拶をしながら東に抜けると、礼陣神社に辿り着く。石段を上がった先の境内に、今日はいくらかの人がいた。大抵は顔見知りで、やつこたちの恰好を見て「もうそんな歳かね」と感心する。
「神主さん、やっこちゃんと鹿川さんとこの子が来てるよ」
参拝客に呼ばれて、神主がひょっこりと顔を出す。いつもの穏やかな笑みでこちらに手を振り、やってくるなりやつこの手を取った。
「やっぱり似てますね、七海さんと七瀬さんに。ムツさんにも」
「はあ……そんなに似てますか」
「透君も立派になって。勉強は進んでいますか?」
「学年相応に順調です」
にこにこと話す神主の向こうで、参拝客らが顔を見合わせている。「鹿川さんの子って、一人息子だったわよね」「一人は大変ねえ」と囁き合う声が、ここまで聞こえた。みんなやつこの家が、どういうところなのか知っている。
表情が歪まないように口の内側を噛む。聞かなかったふりをしようと決めた。
「一人だと何が大変なんですか」
だが、「ふり」は容易く崩される。
「ちょっと、透君。やめなよ」
「ひそひそされるの、昔から嫌いなんだよ。同級生だろうと年上だろうと関係なく」
気まずそうに俯いた人々を、透は構わず睨む。神主は苦笑いをしたが、止めなかった。
「で、何なんですか。大変なことって」
「ごめんなさい、変なこと言ったわね」
「根代さんのところは代々お婿さんとってるから、またそうするのかなって思ったの」
適当な言葉でごまかしているが、どちらにせよ透を指して言うようなことではない。やつこが無理やり笑いながら「そんなんじゃないですよ」と言おうとしたのを、しかし、透は顔色一つ変えずに遮った。
「知ってますよ。やっこがそうしてほしいって言うならそうします」
何がどこにかかるのか、判断するのに少しかかった。そのあいだに、噂をしていた人々は驚いたり感心したりしていて、認識はすっかり「透はやはり根代家に婿に行くのだ」ということになっていた。
「透君、何言ってんの。婿とかあんた関係ないし、わたしの意思は知らんぷりなの?」
慌てて割り込んだやつこに、透はしれっと答える。
「だったらその意思とやら、さっさと聞かせてくれれば良かったんだ」
「勝手にもほどがある! わたしがどれだけ困ったか!」
簡単に恋で片付けば、これほど困りはしなかった。関係を断ちたくはないから、自分からは突き放すことができず。けれども透の気持ちを受け入れれば――やつこだってしがらみがなければその選択ができた――根代家の歴史が繰り返されるかもしれない。
根代の家は男殺し。婿をとる家だが、その婿は長く生きられない。人間を捨てて鬼と成り、家を守るために力を使う。
「そんなに困らなくても、やっこがそうしろって言った通りにするのに」
「それが一番困るんだよ」
「俺は鬼に成るのもいいと思ってる」
「わたしはよくない」
一際冷たい風が肌をひっかいて通り過ぎ、我に返った。いつのまにか境内に他の人間の姿はなく、神主だけが立っている。
「二人とも、ちょっと温まっていきませんか」
いつだって何事もなかったように、彼はここにいる。

社務所でお茶を飲んだら、少し落ち着いた。せっかくの晴れ着をまだ家の「鬼さん」――父に見せていないのに、だいぶ崩れてしまった。正面では透が、神妙に俯いている。
「悪かったよ」
「本当。なんで今日に限って子供みたいな……ううん、この辺の子供より質が悪い」
昔はあんなことにならなかったのに。ほんの二年ほどで、何が変わってしまったのか。
「いつの時代も、根代さんちの痴話喧嘩は大変ですね」
「そういうのじゃないです。……お母さんやおばあちゃんのときは、喧嘩とかあったんですか」
やれやれどっこいしょ、と年寄りみたいなことを言いながら座る神主は、実際この町で一番の年寄りだ。見た目は若い青年のようなのに、長いこと礼陣の町を見てきている。そんな人がクスクス笑って、「ありましたよ」なんて簡単に言う。
「やっこさんは優しいですよ。ムツさんなんか薙刀持ちだして突きつけて、死ぬ覚悟はできてるのかい、でしたから」
「へえ、おばあさんすごい。やっこもそれくらいやればよかったのに」
「現代でそれはない。おばあちゃんの時代でもそうあることじゃない。ていうか、やればよかったのにって、透君ってば他人事みたいに」
やったところであっさり頷くだろう。鬼に成るのもいい、とはそういうことだ。やつこの家のことを知っていて、その上で告白してきたのだ。そういう人には、薙刀など恐れるようなものではないのだろう。
「七瀬さんはその点、平和でしたね。よそに嫁いだ七海さんを気遣って、穏便に済ませたようです。やっこさんのお父さんは鬼について詳細に知ってから七瀬さんに求婚したので、双方納得の上で家を継ぐことになりました。……実際にどうなるかは、そのときになってみないとわからないものですけれど」
「納得したつもりでも、お父さんが死ぬんだから、悲しんで当然です」
あんな思いをまたするくらいなら、大人にならなくていい。鬼の子として暮らし、成長するにつれて鬼が見えなくなってきてからは、その気持ちがより強くなった。人間として町のために何かをしようと決めて、やっと少し、大人になることを受け入れられるようになってきた。
だけど大切な人を喪いたくないという気持ちは、ずっとずっと残っていた。
「もう泣きたくないから、好きな人とかつくらないって思ってたのに。なのにさ、透君に告白されて、ぐらっとしちゃったんだもん。わたしが殺すのはこの人だなって思っちゃったんだ」
「すごい告白の返事をありがとう」
「……返事なのかな、これは」
殺人予告のような言葉を喜んで受けるような人は、他にいないだろう。やつこは苦笑し、それから神主に目配せをした。案の定、言いたいことはちゃんとわかってくれた。
「透君が生き残る方法もありますよ。根代家の家憑き鬼は私との契約で成り立っています。ただ、これは強固な呪いと同じで、私でも解けないものです。そのかわり私の力が及ぶ範囲内でしか効果を発揮しません。もしもあなたがやっこさんを攫って礼陣を出て、そのままこの地に近づかないのであれば、長生きできる可能性もあります」
やつこの母の双子の姉である七海は、礼陣から出て嫁ぐことで、この連鎖から外れている。そういう方法もあったのだ。
しかし透はすぐに首を横に振った。
「やっこの故郷はここで、俺は礼陣神社を何とかするために勉強してるので、よそに行くという選択は今のところないですね」

水無月呉服店で直してもらった着物を、「鬼さん」の部屋の前で披露する。扉の向こうに、この姿は見えているのだろうか。
父は、喜んでくれているだろうか。
「まだ全然大人になれてないし、この先どうなるのか見通せるような目は持ってない。でもね、鬼さん。わたし、諦めるのはやめたんだ。神主さんが解けない呪いを和らげているものがあるなら、うちと神主さんの契約とやらも、解除する方法があるんじゃないかって思う。わたしは、それを急いで探す。だって守られてばっかりは、性に合わないもんね」
反対されても前へ突き進む姿勢を、大人を理由に捨てることもない。忘れかけていた気持ちを、町中を駆けまわっていたあの頃の自分を、取り戻してみよう。



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posted by 外都ユウマ at 18:02| Comment(0) | 創作文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

文章収納しました

サイトギャラリーに12月のお話収納しました。

「鬼の町で縁を結べば」
礼陣群像劇200話目です。
やつことよそから来た子。外部掲載の「えんむすびちゃん」の主人公です。
今年のラストにはちょうどいいかな。

来年の見通し立ってませんが、何かしら書き続けたいです。
posted by 外都ユウマ at 18:22| Comment(0) | 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

2016年作品鑑賞まとめ 文芸作品編

今年の作品鑑賞まとめ、後編は「文芸作品編」です。今年新規で読んだ冊数は52冊、再読を含めても81冊と、昨年よりも読むペースがゆっくりになり、少なくなりました。しかし内容が濃かった。「ものをつくり届けるということ」に意識を向けた時期があって、全く別の作品同士を重ねて読むことがありました。映像作品と合わせて、「仕事観」に影響があった年かもしれません。
その中からいくつかご紹介。「私が今年楽しんだ作品」です。著者敬称略お許しください。


『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午)
前置きとは別の方向から。弟に貸してもらった作品です。薦められなければ絶対に読まなかったであろうジャンルでしたが、だからこそ終盤に驚きました。
任侠、探偵、性と様々なことに首を突っ込む主人公に、私は全く好感が持てなかったのです。やってることが最低で、そもそも犯罪で。
ですが頭の中で描いていたもの(私は読んでいるものを想像でアニメやドラマとして再生する癖があります)が、終盤に来て一気に描きかえられる、小説という媒体ならではの構成にはしてやられました。
人によるのでしょうが、文庫ラスト70ページの技が面白いです。……と言ってしまうのもネタバレかも。
弟曰く「絶対に最後からは読むな」。他にも歌野さんの本貸してもらいましたが、単純に話の好みでいえば『春から夏、やがて冬』が好きではあります。

『ランチ探偵』『ランチ探偵 容疑者のレシピ』(水生大海)
同じ作家さんの作品ばかり一気に集めて読む「祭り読み期」が度々訪れます。今年は水生さん作品がそれでした。(過去に香月日輪さん、村山早紀さん、坂木司さん、堀川アサコさんでやってます)
そのちょうどいいタイミングで『ランチ合コン探偵』が文庫化&続編刊行。嬉しや!
不動産会社勤務のOL、彼氏探し中の麗子さんと超ミステリーオタク(?)ゆいかさんが、お昼休み+時間有給の二時間で合コンをして相手の話す謎を解き明かす。メインとなるミステリーは人間の心理に重点が置かれているのかしら、私が内心抱えているあれやそれまで暴かれそうで楽しい怖さ。鋭い観察眼をもつ容赦のないゆいかさんと、ときに行き過ぎる彼女を抑えつつ最終的には同じ思いに辿り着くこともしばしばな麗子さんのコンビは絶妙です。
加えて毎回登場する料理の数々、唾液腺が刺激されるんですよね。どれも美味しそうで。『容疑者のレシピ』の肉が特に良い……肉食べたい……ビールと一緒に……。

『少女たちの羅針盤』(水生大海)
続けて祭りいきます。こちらはデビュー作、の私が読んだのは文庫版です。読んでいるものを脳内映像再生する私の癖を、素直に怒涛に衝撃的に発揮させられた作品でした。
私は「少女」が好きです。その時代にある儚さと図太さ、純粋さと残酷さにぞくぞくするのです。
本作では演劇に情熱をかけ、しかしボタンの掛け違いとすれ違いが重なって崩れていく少女たちの物語と、過去の罪を暴こうとする存在に脅かされる女優の物語が並行し交差します。この構成もすごく好き。次に彼女らを待ち受けるものは? 罪を犯したのは誰? そして「死んだ」のは? 人の心のどろどろとした部分が明らかになっていくごとに、息を呑んでは吐き、涙しました。
キャラクターも魅力的です。四人の演劇少女が織りなすバランスが美しく、それが崩れていく様に興奮しました。
続編である『かいぶつのまち』は、こちらを踏まえるとところどころで切ない気持ちにさせられます。

『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』(紅玉いづき)
先述の通り、私は少女が好きです。加えまして少女たちの痛みを伴う執着と成長にも心惹かれます。こちらの作品にはそんな少女の魅力を年初めから見せつけられました。
舞台は少女サーカス、主人公たちは曲芸子。演者であり人間の少女としての覚悟、愛、執着が咲き誇る花のように艶やかに描かれています。少女の世界の残酷さと舞台の世界の華やかな闇に震えました。
歪に真っ直ぐな少女たちの物語で、私が最も心惹かれたのは猛獣使い「カフカ」の章でしたが、おそらくここに学校という要素と個人への執着があったからだと思います。華やかさの裏を知ってなおも人形であり続けた「チャペック」が特に好きです。
花の命の彼女達に拍手喝采。Twitterがきっかけで出会った物語でした。良い出会いだった。
こういう出会いができるということは、感想は違えど、好みの傾向は似通っているんでしょうね。

『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)
ところでこういう少女も好きですよ。時は黒船来航のさなか、弱小藩野笛藩から大奥の部屋子となった少女イチゴの目的は、座敷童子を探すこと。可憐かつ勇気と逞しさを見せるイチゴちゃん、肝の座り具合はやはり堀川さん作品の女の子ですね。
予言村シリーズの奈央ちゃんも『三人の大叔母と幽霊屋敷』で好奇心そのままに突っ走っていくスーパーヒロイン(ヒーローかも)の様を見せつけてくれてとても好きです。
話は戻って『大奥〜』は、私が今まで知識として知っていた大奥とは別の側面を見せてくれる作品でもあります。双六遊びの場面などはコミカルほのぼの大奥。ですが読むにつれその裏に不文律と怪談、そして女の情念執念をたっぷり感じられるので、それがまた良い。座敷童子という不思議と政治を裏で操ろうとする大奥の女の思惑のリアルさが同居しているあたりが、私が堀川さんの作品を好きな所以の一つです。

『人生はアイスクリーム』(石黒敦久)
私、おじ姪も好きなんですよ。この距離感が最高です。こちらの作品、翻訳家の宗太とその姪ジルの物語なのですが、ただ叔父と姪が仲良しなだけじゃないです。SFであり、私の生き方のサイクルみたいなものを言葉にしてくれた作品なのです。
読むこと、書くこと、食べることで生活の永久機関ができる、というところに私がすとんと落ちました。まさにそうやって生きているじゃないか、としみじみ感じる。読書は体験だけれど、読む人が解釈することによってその本がもつ元の意味は一旦「殺される」。けれども読書は孤独な行為で、人によって「殺し方」が違う。それがとても納得出来てしまったのでした。
SFと死生観、人生観が程よくミックスされて心地よい。続きを読むためにもう少しだけ生きてみる、の積み重ねで生きている。私が抱えていたものが言語化されたと思いました。変な言い方ですが、私が死にたいと思ったら手を伸ばす作品です。

『小説の神様』(相沢沙呼)
そして、必死に書いて生きる人がいる。自分の世界を愛し、大切にし、断絶を見たときに猛烈な痛みと苦しみに襲われながらも、言葉を物語にして誰かに手を伸ばそうとしている人たちがいる。
こちらの作品には「ものづくり」をして発表していく全ての人の心の叫びが込められているような気がします。
私は趣味で物書き遊びをしているだけの一般人ですが、雨のように降り注いでくる主人公一也の感情が、一端でも通じてしまって、だからこそ彼の作品を好きな人たちの言葉のうわべじゃない優しさに場所を気にせず号泣してしまいました。人の優しさに触れるたびに心は動いて、それをくれるのが小説で、誰かの言葉に誰かが救われる。それが染み入ってたまりませんでした。今年一番泣いたかな。
昨今の出版事情や本の流通事情については、この作品に触れる前に情報が色々と入ってきていました。これはお話の中だけのことじゃない、としみじみ思い胸が締め付けられました。
けれども幸せな未来を望み目指すからこそのこの作品だと思います。ああ作中作が読みたい。こちらもTwitterで出会えた作品です。

『桜風堂ものがたり』(村山早紀)
誰かが言葉にした思いを、届ける仕事があります。悲しい涙ばかりではなく、幸せな気持ちを人々に届けようとする、「本を巡る人々」がいます。こちらの作品はそういう書店員さんの物語。そして届けたいものや伝えたいもののために、日々を頑張る人々へのエールでもありました。
一冊の文庫新刊を見出しながらも長く働いた書店を去ることになった主人公一整君。その気持ちを受け継ぐように、しかしながら自分たちでも作品に幸せを見た書店員一同が本をより多くの人々に届けるために動く。そして一整君も新たな居場所(と書いて書店と読むのかな、彼の場合)に辿り着き……。という、まさに希望と情熱にあふれた「リアルな」書店員さんたちの物語です。
みんなが「この本を売る」という強い意志を持って行動している姿が、ちょうど作品を読み始めた頃になげやりになっていた私に、糖衣の薬のような効果をもたらしてくれました。
「命を生きること」、響きました。情熱を遠巻きに見ていた私の背中を叩いてくれました。
大きな絵に淡い絵の具を塗り重ねるような、多角的で層の厚い構成が好きです。彼らの続きを楽しみにしています。

『活版印刷三日月堂 星たちの栞』(ほしおさなえ)
こちらは思いを、人に寄り添い共に形にしてくれるお仕事。心に思いを抱えているけれど、それを上手に出すことが難しい人々の気持ちを、その人の物語を、活版印刷という影にして残してくれる。そんな川越の印刷所「三日月堂」を巡る作品です。
ごく普通の人の記憶や想いに優しい目で焦点を当て、印刷所の弓子さんと関わって語られる、自然に沁みていく物語。全編通して「喪う切なさ」が漂っていても、それでも悲しくはなりませんでした。『小説の神様』風に言えば「人間が書けている」のだろうし、『桜風堂ものがたり』の「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません」がこの作品にもしっくりくる。なんだか今年触れたたくさんの物語の総括のようだなと思って、今年の鑑賞文の最後に持ってきました。登場する少女たちの心の機微も良かったのです。少女以外の登場人物ももちろんですよ。
肉体の死と解版された活版、残る思いと残り続けるインキと活字の影の対比がとても美しいのも良かった。『銀河鉄道の夜』を何度も読み返した一人としても感動しました。伏線が全体を通してパズルのように組み上がっていくので、ミステリーのような読み方もできて面白かったです。


今年は以上を選んでみました。好みが非常にわかりやすく出ただけに、絞るのが難しかったです。おじ姪なら『魔法使いのハーブティー』(有間カオル)も良かったしなあ。厳密には先生と弟子だけど。お仕事ものは流行っていたこともありましたが、積極的に読んでいました。
何のためにやって誰の役に立つのか、という自分の仕事への迷いを読書を通じていくらか切り拓くことができたと思いますし、また環境が目まぐるしく変わって疲れてしまい生きるのをさぼろうとしたのを読書によって動かせたこともあります。
今年の読書のテーマは「生きること」と「情熱」だったかもしれない……と、読書ノートを見返してみて思った次第です。
来年も、たくさんの素晴らしい作品に触れ、こうして「好き」を書き散らすことができればいいですね。そのためにもうちょっとだけ、生きるのを頑張ってみてもいいかなと思えるのです。読んで、書いて、それからちゃんと食べなくては。これって入力と出力と充電だなあ。なんて。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
posted by 外都ユウマ at 21:31| Comment(0) | 作品鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする